ウェブ用_第一巻表紙

序「処刑場」

 


 処刑場を知っているか。



 大砲の音が鳴ると、母親は耳をふさいだ。忌々しい儀式だ、忌々しい儀式だ、と、独り言をぼやいていた。
大砲の音が鳴って、しばらくすると、それまでは静かだった市場に静寂が訪れる。誰も出て来やしないのだ。その忌々しい儀式のある日には。
 少年は、耳をふさぐ母親の背中をずっと見ていた。目の前で小さく震える背中を、抱きしめることもできず、茫然と突っ立っていた。
大砲の音を聴くと震えて縮こまってしまう母親とは裏腹に、少年は大砲の音が好きだった。何かに脅える母親の背中を何度見ても、そそくさと静まり返る街を「さびしい」と思っても、少年は大砲の音が好きだった。
 ズドーン、ズドーン、ズドーン、と三回響く轟音を聴く度に、少年は得も言われぬ感覚に陥っていた。全身の毛孔が立ち、ぼやん、とした感覚に襲われる。それは少年にとって、市場で開かれる祭りのお囃子と同じだったのだ。
「ねぇ、おかあさん」
「……なに?」
「あそこでは何が開かれているの?」
少年が尋ねると、母親は目の色を変える。
「いまいましい儀式よ、あなたは知る必要なんてないのよ!!!」
ヒステリックに彼女は叫ぶと、青々とした空が覗いていた窓にカーテンをひいた。

 ズドーン ズドーン ズドーン
 大砲が鳴る。三回続けてなる。それが始まるまで、そしてそれが終わるまで。大砲は三回続けてなき続ける。

(どうして、おとなたちはあの音をこわがるんだろう)

 ズドーン ズドーン ズドーン
 その音は、人々の三半規管を隅から隅まで犯して恐怖で支配する。

 少年は目を瞬きながら恍惚とした表情を母親に悟られまいとしながら、その音を聴いていた。

(あんなに、あんなに格好いいのに)