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もう一つのBAR

或るバーの常連になった私だったが、状況や人間関係の変化で行きつけのお店がもう一つほしいと考えた。不仲になったわけではないのだが、自分の人付き合いの経験の少なさから、常連さん達と距離が近くなり過ぎていたのを感じていた。

その時、私と彼はまだ付き合っていなかったし、恋愛経験の少ない女子が付き合う前に陥りやすそうな紆余曲折の只中にいた。傷が少し癒えてきて、別の男性に目を向けることを考えていた。

バーとオーナーが同じ小料理屋があったのだが、混んでたり、おかみさんが忙しかったりして、そこは頻繁に行こうという気にはならなかった。あと、ご飯を食べた後、バーの方にもハシゴしたくなってしまうのも理由だった。

ある日、休憩スペースでチームリーダーからバーを教えてもらった。大切なお店を一つ教えてもらったのだから、信頼のおける人にしか伝えてはいけないと思った。

ちなみにその職場の休憩スペースは、自販機と、ハイテーブル(椅子なし)がいくつかあるというものだった。窓際にも、ハイテーブルがあった。今思えばけっこう密。今、どうなっているんだろう。

数日後、その方は別プロジェクトに異動することがわかった。異動前の雪の降ってない12月頃、内緒でその方とプロジェクトメンバー数名でお寿司と、そのバーに行くことになった。その日は珍しく同期の女の子が一緒に飲みたそうで、断るのがとても心苦しかった。本当のことを伝えたら「なんで私は誘われないの?」と傷ついていただろう。

今にして思えば傷心中はついていた。別の同期の女の子も飲みに誘ってくれたし、彼の同僚(BARの話に出てくるボジョレーヌーボーの時の男性)も飲みに連れて行ってくれた。みんな優しい。

そのバーはとても静かで、居心地が良かった。常連どうしで絡むことはなかったし、距離が保たれていた。自然と小声で話してしまう雰囲気。
チームリーダーがマスターに「○○(私の名前)さん、これからひとりで来るからよろしくね」と言ってくれた。その日は何を話したかあまり覚えていない。

このお店を紹介してくれたということは、かなり信頼されているか、とても心の広い人。なんと光栄なことか。この素敵な雰囲気を崩さないために、紹介してくれたチームリーダーの顔を立てるために、こういう場所に慣れている人以外は連れてきちゃいけないなと思った。

マスターは基本的に話しかけないし、静かめなお客さんから話しかけられてやりとりをする感じ。飄々としていて好きだったな。

よくお医者様がいて、帰り際だけ声をかけてくれることがあった。私はその人のことを心の中で先生と呼んでいた。

日曜日にはたまにサックスやウッドベースのライブが行われていた。

そして、紆余曲折の末、私は彼と付き合うことになった。付き合いたてはケンカが多く、彼をそのバーに連れて行くと彼は毎回、上機嫌になった。二軒目はたいていそこになった。

数ヶ月して、私は和光市の現場を離任して、また別の会社の、別プロジェクトに派遣された。
彼は私よりもそのバーに通っていた。
今でも彼はあそこに通っているのだろうか。

東京を離れる半年くらい前だろうか、バーでチームリーダーと再会した。今振り返っても大大大反省の思い出だ。詳しく覚えていないが、その時の会話は多分ひどかった。相手にしてみたらとるにたらない一コマ。もともと会話下手だし、普段でさえ大して回らない頭が酔っていてもっとひどかったし、覚えてくれているかも自信がなくて…あの時はおせわになりましたくらい、スムーズに出てこいって話だよ…

他にも思い出がある。友達に彼を紹介したのもそのバーだったし、母に彼を紹介したのもそこだった。仕事の愚痴もたくさん話した。とにかく落ち着ける最高の隠れ家。

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