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愛おしい 一人芝居 戯曲

データ↑
あらすじ↓
愛おしい話
本文↓

愛おしい

基はへやに帰ってくる

基は窓を開ける

📢蝉の声FI

💡回想

「え、何?え、これ?虫の死骸。あのね、蟻でしょ、ナメクジでしょ、それから、セミ。はーい」

基は死骸を窓から捨てる

基は窓を閉める

📢蝉の声CO

💡現代

基は洗面台に手を洗いに行く

基は蛇口を回す

📢水の流れる音FI

💡回想

「え?何、母さん?うん。うん……。わかった。けど、私、虫を殺すの楽しいんだ。死骸が愛おしいんだ。うん。ごめんなさい」

基は蛇口を回す

📢水の流れる音FO

💡現代

基はスプーンを取り出す

「いただきます」

💡回想

「え、うん、美味しいよ!やっぱ、母さんの作るキーマカレーは一番だ。へー、うちでは合挽肉を使うんだ。美味しい。でも、不思議だよね。牛や豚や鳥の死骸をゴチャゴチャに混ぜて、焼いて、煮込んで、それを美味しがるのに、死骸が好きだなんて、誰も言わないよねー。みんな毎日食べてるのに。あ、でもベジタリアンは」

📢食器の割れる音

「え、あ、ごめんなさい、ごめんなさい。もう気持ち悪いこと言わないから、ね、母さん落ち着いて。いい子になるから、変なこと言わないから、ごめんなさいごめんなさい。うん、わかった。片づけておくね、母さんの分も」

基は椅子に戻り食べ始める

💡現代

「ごちそうさま」

基はカレーのトレーを捨てる

📢ドサッ

💡回想

「え、捨てるよ?欲しいの?うん。あ、大丈夫、うちの地域は25キロ以下の動物の死骸は普通に燃えるゴミで処分できるから。お墓?たしかに、校長先生とかに聞けばできるだろうけど。学校で飼っていた兎だし。でも、作るの大変だよ?手入れとかも。え、ヒドイ?」

基はゴミ箱から袋を取り出す

「じゃあ、抱いてみてよ。うさみを抱いてみてよ。ほら。できないじゃん。みんな、怖がって。あ、私はそんなこと言ってないだって?じゃあ、なんで私に仕事を押し付けてるの?見ないようにしてるじゃん。近づかないようにしてるでしょ。一切、触らないようにしているでしょ。ひどいじゃん。その程度だったんだ、うさみへの愛は、死んだとたんに、死骸になったとたんに消えるようなものだったんだ」

基は袋の死骸を抱きしめる

「それに今の方が愛おしいのに」

基は袋の口を縛り部屋から出ていく

💡現代

📢チャイム

💡回想

「いらっしゃい」

基は部屋に入ってくる

「え、初めてだよ?男の人を部屋に入れるのは。うん、ドキドキしてる」

基は彼を見つめる

「そうだよ、花火が見えるんだ。夏が楽しみだね」

窓際の彼を後ろから抱きしめる

📢心臓の音FI

「花火だけじゃなくて、色んなモノを一緒に見たいな。ん?大好きだよ。鼓動、聞こえる?心臓の音が伝わってる?」

基はより一層強く抱きしめる

「生きているんだね」

📢心臓の音FO

「あ、お手洗い?こっちだよ」

基は玄関のほうにはける

📢がちゃ

💡現代

「え、そうそう、さっきまで外に出てたんだ。ゴミを捨てにね。ん?カレー食べたよ、ココイチの。三日前かな。好きなんだよ。ああ、食べたいかも。うちはね、キーマカレーだったよ。合挽肉で。うん。へー、ポークカレーだったんだ。食べる食べる。さっき、食べたのもポークだし。家によって違うよね。そっちのうちのカレーも食べたいな。うん、大好きだよ。うん。何かあったの?わかるよ、何か話したいことあるんじゃないの?うん」

📢自転車のベル

「何で?うん。うん。何も隠してないよ、何も。よそよそしい?何?どういうこと?説明してよ。うん。うん。いや、そんな気がするって、嘘でしょ。我慢しているように見える?……人間は誰しも、隠し事や、我慢していることはあると思うけど。好きな人の全てを知りたい?……わかった。できれば私のこと受け入れては欲しい」

💡回想

「私は死骸が好きなんだ、どうしようもなく。小学生の頃から。小学三年生の夏休みに、私は虫の死骸集めにハマった。蟻やナメクジやセミ。母さんは嫌がっていたな。ある日、カレーを食べながら死骸の話をしたら、母さんは発狂した。その日以来、母さんはカレーを作らなくなった。私も死骸が好きだということを誰にも話さなくなった。けれども、死骸集めはやめられなかった。高校生になって、飼育委員になった。母校ではうさぎ飼っていた、うさみ。息絶えた。寿命だったんだ。老犬ならぬ、老兎的な。私は大きな生き物の死骸に惹かれて、生き物が死骸に変わる瞬間に魅せられた。飼育委員だったから、居れるときはうさみのそばにいた。そのころ、私は自分の性質が世間に受け入れられないことを受け入れつつあった。そして、死骸集めよりも死骸を作ることに、小さい生き物よりも大きい生き物のし死骸に興味があることに気が付いた」

💡現代

「私は生き物を殺したいんだ」

基は窓に近づく

「正直、今まであった人の中で一番好きだよ。そして、一番殺してみたいと思ってる。その次は、母さん。あと、世話していたうさみを自分の手で事切れさせることができたらどんなに良かったか。初めて家に来たとき、窓際で抱きしめたとき、君の鼓動を感じた。惹かれたよ。そして、殺してみたいと思った。好きなモノほど殺してみたいんだ。けれども、それ以上に君に嫌われたくないとも、強く思った。好きだよ、大好きだよ、我慢もできるよ、君を傷つけることはしないから、だから」

📢ツーツーツー

基はゆっくり椅子に座る

「全部知りたいって言ったじゃん。話してって言ったじゃん。言われたとおりにししたのに。いままで、我慢してきたのに。オレの何が間違っているんだよ?虫の死骸の墓を作ったとき、優しい子ねって言ったじゃん。うさみの死に際に寄り添っていて優しいねって言ってくれたじゃん。理由も知らないくせにチヤホヤしたじゃん。なんでだよ、なんでなんだよ、私はおかしいのかよ。人を殺したい気持ちを、が我慢しているじゃん、律しているじゃん。かわいそうだよ。仲間はいないよ。私は私が愛おしい」

📢心臓の音FI

基は気づく

「そうか」

基は机の上のボールペンを手に取る

基は手にしたボールペンの芯を出す

基はゆっくりと心臓にボールペンを向ける

💡暗転

「愛おしい」

📢刺さる音

「私は私が愛おしい」

END

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