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我が子 一人芝居 戯曲

データ↑
あらすじ↓
親バカの話
本文↓

我が子

場所はある一室
部屋には机と椅子がある
机の上にはパソコンと原稿の束

芥川治は椅子に座りパソコンを操作している

「えー!」

芥川はひとしきり驚いた後にスマホを取り出し電話をかける

「もしもし?集英社ですか?あの、文学新人賞について質問が、いや、重大なミスを発見しまして。はい、そうです。ペンネーム芥川治で投稿しました。はい、わかりました、お願いします」

芥川は原稿に向かって話しかける

「大丈夫、お前は何も心配しなくてもいいからな。俺に任せろ。お前は面白いんだからな」

「もしもし。そうです。芥川治です。はい、そうなんですよ。欠陥があったんです。あの。僕の作品が最終候補に残っていなくて。え、じゃなくて。『檸檬と鍵』ですよ。略してれんか。確かに、今時、ハウダニットの推理小説なんて目新しくないかもしれませんが、被害者が檸檬と鍵を使って自殺を隠蔽するトリックなんて、非凡な才能を感じずには……。いや、ふざけていません。本当に、何故さ最終選考に残っているかがわからないんです。主人公の、風来の探偵亜具捨留の渋さも、昨今の小説にはない――」

電話が切れる

芥川はまた電話をかける

「集英社ですか?芥川です」

電話が切れる

芥川は電話をかける

着信拒否されている

「着拒かよ。ちくしょー」

芥川は原稿を見る

「ごめんな、俺の力不足で。お前は絶対に面白いのに、その良さを分かってもらえる努力ができなくて……本当にごめんな」

「(裏声)芥川さん私は大丈夫。それに、芥川さんがいなかったら、そもそも私は生まれなかったんだから、書き上げてくれただけで、それだけで十分感謝してるわ」

「お前。ごめんな。そして、ありがとう」

「(裏声)こちらこそ。私こそ、万人受けするような、わかりやすい面白さがなくてごめんね」

「そんなこと言うな!その、ともすれば難解なところが、君の良さでもあるんだから。良いところなんだから」
「(裏声)芥川さん」
「お前」

芥川は抱き合う原稿と抱き合う

芥川はふとパソコンに目をやる

「(裏声)どうしたの?」
「自費出版で1万部だって」

芥川は袖下から預金通帳を取り出して見る

「自分で売ればいいのか」

💡変化

町の本屋さん、大きい本屋さん、新宿駅で売る場面

💡暗転

明転すると部屋には沢山の段ボールがある

「売れねー。なんでだよ!なんで売れないんだ!」
「(裏声)芥川さん、落ち着いてください」
「お前は、いや、お前らはこんなにも面白いのに、日の目を見れないなん、最悪な筆者だよな。お前は、本当にごめん」
「(裏声)頭を上げてください」
「(裏声)そうですよ。みんな、芥川さんには生み出してくださって感謝しているんですから。ね?」
「(裏声)もちろんです。感謝してもしきれない」
「みんな、ありがとう。それでも、俺は。俺はみんなに売れて欲しいんだよ」

芥川はパソコンに目を移す

「マネタイズ。マーケティング。ソーシング。売るために、価値を付けるために」

暗転
明転

部屋の段ボールはなくなっている
芥川は預金通帳を眺めている

「とうとう、ゼロになったか」
「(裏声)芥川さん」
「いいんだ、これで。沢山の人の目には触れたはずだから。でも、あれだな、100円でも取っておけばよかったかな。いや、無料だから、手に取ってくれた人もいたはず。待ちがったことはしてない。はず」
「(裏声)私たちのためにありがとう」
「いいんだって。お前たちのためにできることがしたいんだからさ。おいおい、そんなに、強く抱きしめんなって、くすぐったいだろ」

SE 着信

「はい、芥川治です。はい、『檸檬と鍵』を書いたのは僕ですが。どちら様ですか?夏目書店?どのようなご用件で?え?はい、はい、本当ですか?はい、はい、もちろんです!凄いイベントですね、推理小説の即売イベントなんて。え、有名な作家さんも?あ、色んな出版社の編集さんも来るんですか?そうですね、凄いチャンスですね。はい。なるほど。すみません、今在庫が無くて、言ってしまうと、無一文なんですけど。データですか?ありますあります。印刷もしてくれるんですか?え、製本まで!今確認します」

芥川はパソコンでメールを確認する

「はい、来ています。ここに送ればいいんですね。わかりました、直ぐにでも。失礼します」

芥川は電話を切る

「来た。やっと、チャンスが来たよ」

芥川はパソコンでデータを送る

「最後かもしれない」

芥川は電話をかける

「あの、芥川です、データを送りました。あの、当日なんですけど、ちょっと、どうしても外せない用事があって、売り子とかもお願いできますか?すみません、何から何まで。『檸檬と鍵』を、よろしくお願いします」

芥川は檸檬と鍵を持ってくる

暗転
明転

「(裏声)夏目書店の推理小説の即売会にて、推理小説の玄人達に大絶賛されました。ちょっと難解ですが面白いこと、主人公が古臭くて逆に新鮮なこと、そしてトリックが斬新なこと。どれもが、推理小説好きにはたまらなかったようです。出版社も謎の推理作家芥川治に興味津々で、売り子の人に連絡先を尋ねていました。芥川さん!『檸檬と鍵』は、世に広まりますよ!」

暗転
明転

舞台には事切れた芥川治がいる
傍らには檸檬と鍵が置いてある

END

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