女子名の選択性を拡げるにはどうしたらよいのか

前回の記事で、ガラクタネームは女子名に比較的多いことに触れ、それは伝統的な女子名に選択肢が少ないためであると考察しました。

また、女子名の名前で人気の「は」や「る」という一音に対して、人名に使える漢字の選択肢が少ないことも指摘できます。たとえば「は」だと訓読みのものは「葉」や「羽」程度しかありません。「刃」というのもありますが、女の子の名前にあえてこの字を使いたい人もまずいないでしょう。「歯」はなおさらです。音読みでは「波」、「八」、「巴」などが好まれ、「芭」、「杷」、「琶」が少数見受けられますが、やはり法的には使用可能といっても「覇」や「破」を使いたい親はほとんどいないと思われます。

「る」に至っては、訓読みでそう読むものは存在せず、音読みの「留」、「瑠」、「琉」三種にほぼ限られます。

しかしこの不満を解消する手立てとして、「読み方の一部のみを千切って使う」、「外国語の読み方を当てる」というのは愚策に過ぎます。

このように近年の命名流行を批判すると、「言葉は変化し続けるものだ」「古いものに固執していては新しいものが生まれない」という反論をされることがあります。

言葉の変化と言えば、最近以下の記事を目にしました。
「500円弱」は500円より多い?「日本語が通じない若者」がどんどん増えている根深い訳 意思疎通を阻む「あいまい言葉」という盲点

確かに言葉は変化するものですが、これは「500円弱」を「500円をやや下回る」のではなく「500円プラス少額」という意味であると根っから信じているケースです。意味が変化し、かつ元々誤りであった方が主流になった言葉の有名な例は「確信犯」があります。本来は「当人が宗教的・政治的理由などで正しいと確信して行われる罪」を意味しますが、現在は「悪いとわかって行われる罪」という意味で使われることが大半です。

漢字の一部読みはこれとは違います。「花(は)」という要素を子供の名前に使った人が、「花(はな)」と読むことを知らず、「花(は)」であると本気で思っているケースなどほぼ皆無でしょう。

私が人名に対して保守的である自覚はありますが、新しい潮流に何でもかんでも反対しているわけではありません。

たとえば、近年新しく生まれた男子名の型に、留め語に「が」を用いるものがあります。泰我(たいが)や悠河(ゆうが)といったタイプです。

これは漢字の一部読みを使うことなく、濁音で男子らしさを出しつつ、「あいが」、「きょうが」、「けんが」、「そうが」、「てつが」、「りゅうが」など、色々な言葉を前に取ることができます。そしてきちんと人名と認識することができます。

さらにこの「が」の面白いところは、表記が「吉」か「橘」に限られる「きち」、「郎」か「朗」に限られる「ろう」、「也」、「哉」、「弥」、「矢」などに収まる「や」に比較して、表記選択の自由度が高いという点にあります。訓読みで「が」と読む漢字はありませんが、音読みだけとしても「河」、「我」、「峨」、「雅」、「賀」、「駕」、「芽」、「牙」などがあるため、上記様々な前要素と組み合わせれば非常に多彩な名前を作ることが可能です。これこそ人名の健全な進化と言えるでしょう。

さて、表題にあるように、ここでは「漢字の読みの一部だけを引き千切って使う」ことを避けて、女子名のバリエーションを増やしていくにはどうしていくべきかを考えてみます。

近年は「中性的な名前」が人気であると評されることもありますが、進行しているのは「女性名の男性名化」がほとんどです。たとえば、葵(あおい)や千早(ちはや)といった、一昔前まで女性の名前と見なされていたものが男性名に使われるようになった傾向です。晴(はる)、律(りつ)といった二音の名前も人気ですが、これらは本来女性の名前として多く使われてきたものです。

本来ごりごりの武士の名乗りだったものが女性にも使われるようになったものに伊織(いおり)がありますが、逆に言えばこの程度です。

健全に女性名の選択肢を増やすためには、「男性名の女性名化」を進める必要があるのではないでしょうか。

女性名のパターンが少ない原因に、留め語の少なさが一つ上げられます。男子名だと「お(男、雄)」、「き(樹、紀)」、「と(人、斗)」、「ま(馬、磨)」、「ろう(郎、朗)」、「た(太、多)」、「いち(一、市)」、「じ(次、二)」、「ぞう(三、蔵)」、「し(志、司)」、「ご(五、吾)」、「さく(作、策)」、「すけ(助、介)」、「や(也、弥)」、「へい(平、兵)」、「のじょう(之丞)」、「のしん(之進)」、それに先に挙げた「が(我、雅)」などがありますが、女性名は「こ(子)」、「み(美、実)」、「か(香、佳)」、「の(乃)」、「よ(世、代)」、「な(奈、那)」、「は(葉、羽)」程度です。また「じ」や「すけ」に非常に多くの表記がある一方、女性名の留め語ではそれぞれに相当できる漢字も少数です。

加えて、男子名の留め語が現代でもなお好まれているのに対し、女性名の留め語は古臭いと嫌われがちな環境もあります。

女性名の留め語として挙げたうち、「子」と「乃」以外は男性にも用いられます。克己(かつみ)や秀世(ひでよ)、最近では誠奈(せな)といった名前の男性はいます。逆に男性名の留め語と目されているものを女性にも使うようになれば、一気に選択肢が増えます。

「雄」や「郎」には直接的に「男性」という意味持つので使えませんが、「美樹(みき)」や「悠希(ゆうき)」など「き」は女性にも既に使われています。源基(げんき)や大騎(だいき)を女子名に使うには抵抗が強いかもしれませんが、陽樹(はるき)紅季(こうき)などを中性的と捉えて女子につけることは、現代そこまで奇異でないように思えます。

また「や」についても亜弥(あや)、紗也(さや)、美哉(みや)という女性名が既存の状況ですから、智也(ともや)幸弥(ゆきや)といった柔和な響きのものから女性に適用していくのは、悪くないのではないでしょうか。

諱(いみな)系の男子名には「やすあき」、「かつまさ」のような二つの言葉を組み合わせたものと、「しげる」、「ふとし」のような動詞・形容詞一語のものがあります。

組み合わせ型の名前は男性名である印象が強烈で、これを女性に当てはめることは困難かもしれません。動詞の終止形、たとえば格(いたる)、卓(すぐる)などは男性名と一般に見なされていますが、女性にも透(とおる)、光(ひかる)、満(みちる)という名前の人物はおり、社会的にも受け入れられていると感じます。むしろ、薫(かおる)などは女性的印象が強い名前とされています。

こちらについても、武(たける)や大(まさる)をいきなり女の子にも使うのは厳しい気はしますが、悟(さとる)昇(のぼる)稔(みのる)などから女子にも十分使えると感じられます。

「とおる」の中でも「透」は使われやすく「徹」は使われにくい、「ひかる」の中でも「光」は使われやすく「晃」は使われにくいといった、漢字による性差が認められます。たとえば「かける」も「駆」と書けば猛々しく男性的なイメージになりますが、架(かける)であれば女性的とも見なせるでしょう。

動詞系の名前は「る」で終わるものに限りません、勇(いさむ)、務(つとむ)、学(まなぶ)などもあります。このような形式でも、佑(たすく)保(たもつ)啓(ひろむ)といった名前が女性につけられてよいと思われます。事実、忍(しのぶ)という名前の女性は平然と存在するわけです。

動詞名が女性にも認められるのであれば、形容詞や形容動詞の名も認められてしかるべきでしょう。敦(あつし)や豊(ゆたか)といった類です。静(しずか)、清(さやか)などは今でもどちらかと言えば女性の名前の印象が強いものです。それに晶(あきら)という女性名があることも考慮すれば、動詞以外の品詞が女子の名前に進出する余地は十分にあると思われます。

いきなり男性的なイメージの言葉は使いにくくても、上記のような緩やかな例から「男性名の女性名化」が徐々に広まっていけば、選択肢の少なさからくる閉塞感を切り開くことができるのではないかと思っています。

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