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ご近所に「英会話」が響き渡っていた

午前5時に起きて、
庭に水をまく日々が続いている。

それでも
クスの若木は葉っぱを全部落としてしまったし、
イチジクも
実をつけるどころではなく、
大きな葉っぱが茶色く変色している。

ねじりハチマキ…じゃないけど、
ガーゼのタオルを
おでこにくくり、
蚊よけネットの上下を着て、
布マスクでホースを握る。

毎日水をまいていると、
近所の人と会うことが増える。
出勤前に洗濯物を干したり、
ゴミ出しをする人たちだ。

親しくしている隣家の人が
にこにこしながら「おはよー」と
私に近づいてくるので、
水まきの手を止めると、
「妹さん、もしかして、英会話やってるの?」
と尋ねられた。

英会話。
英会話?
日本語もレッスンが必要ですが…

私はひきつった顔で、
「え、えーーーーかいわ?」
と言うのがやっとだった。

モモちゃんは朝4時ごろから起きている。
テレビやCDを流し、
ほかの人を起こさないように、
きままに過ごしているようだけど、
ぶつぶつ独り言はノンストップ。
エアコンをつけているので、
窓を閉めているから、
外には聞こえないと思っていたんだけど、
「英会話」に聞こえるとしたら、
モモちゃんの独り言しか考えられない。

そうか…
早朝は車や工事なんかの音がほとんどしないから、
独り言が響きわたりやすいんだな…

「あー、独り言かも。
あはははは、大きな独り言で、
お騒がせします」

私はやっとそう言った。

彼女は目を丸くして、
「あ、そうなの? 
ラジオ英会話をしてるんだと思った」と言った。

亡き母とモモちゃんが引っ越してきたとき、
彼女には
わざわざ挨拶をして、
面識を持ってもらった。
モモちゃんが知的障害者に認定されていることも、
彼女は知っている。

お向かいのおっちゃんが
亡くなったことを
私たちが知らなかったように、
ここ数年で、
ご近所づきあいはずいぶん薄れた。
とくに夏は、
道で会っても立ち話をする余裕なんてない。
アスファルトの上で立ち話なんて、
熱中症で救急車まっしぐらだ。

とはいっても、
災害時などで協力しあえるのは、
遠くの親戚より近くの他人。

私にはモモちゃんがいて、
彼女には高齢のお父さんがいる。
お互い、
顔を合わせると、
「いつお世話になるかも…」と言い合っている。

水の備蓄も必要だけど、
モモちゃんのことを知る人が
すぐ近くにいるのは心強い。

それにしても、英会話か…

声がうるさいと苦情が来たら、
どうしようと気がかりだったけど、
いい風に考えてくれる人もいるんだなあ…

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