人は簡単には変わらない

自分は普通であるという自覚があった。普通すぎてつまらないと思っていた。普通大学普通学科があるとするならば首席で卒業できる自信はあった。

しかし、そんな自覚は思い上がり以外の何物でもなかった。大学生の普通は自分ではとても再現できなかった。髪を染めて、ピアスも開けて、空きコマに友達と映画を見て、カラオケに行って、サークルで彼女を作って、おしゃれな料理をインスタにあげて、単位はギリギリで取る。そんな生活らしいのだ。今の自分では卒業どころか入学すらできないではないか。

対して昔から真面目だった自分は、オンライン授業溜めず見て、部活して、バイトして、課題しっかり出す。女子なんていない。普通でなくなった自分はただつまらないだけであった。つまらない大学には入学できるぞ、なんて書くほど落ちてはいない。ただ、義務教育で培った周りに合わせる能力も、普通であるという安心感で作られた剣と盾もいつの間にか持っていなかったのだ。ちょっぴり怖くなった自分は「人は簡単には変わらない」と硬い石の盾を作った。

そんな石の盾しか持っていない自分にも数人の友達はいてみんな安心素材の剣や盾を持っていた。その中には中学・高校からの友達もいてみんな大学生になったタイミングで大学生の普通を身につけた人だ。周りにあわせてちゃんと大学生を楽しんでいるすばらしい人だ。自分とは違う。素直にそう思った。石の盾が何かを弾くまでは。素直さの中に潜んだ黒い何かを。

"人は"簡単には変わらない

自分が何に違和感を持ったのか気づくのにそんなに時間はかからなかった。矛盾しているのだ。中学・高校の友達は自分のような人だった。そんな人が綺麗に大学デビューしているのだ。「人は簡単には変わらない」ここから1つの仮説を導くのにも時間はそんなにいらなかった。その何倍もの時間を理解に費やした。どれだけ考えてもそれ以外考えられなかった。

どうやら彼らはもう人ではないらしい。ピエロだ。人の面をした恐ろしいピエロだ。そう呼ぶことにしよう。お前の考えの方が恐ろしいよなんて意見は石の盾ではね返してやる。

そんな結論を出してからも自分はピエロたちと行動を共にした。何かわからない期待を胸にその時を待っていた。それは思っていたより早くきた。彼らと共にいた時にタピオカを飲む流れになったのだ。絶好の機会である。自分はタピオカを飲んだことがなかった。人とピエロの違いがここにあるかもしれないと本気でそう思った。自分だけはタピオカを飲むものかと、何なら財布さえ出さないと決めた

はずだった。

ピエロの戦術は完璧だった。彼らは自分が失った周りに合わせる能力と安心素材の剣と盾を持っていた。完全に包囲された。気づいた時には周りにあわせて歩いていた。鼻も少し赤くなっていたかもしれない。そんなこんなであっという間にタピオカ屋さんだ。最悪財布は出してもタピオカ抜きの商品を頼もうと思っていた。だが彼らは抜け目なかった。

タピオカ専門店である。タピオカ抜きなんていったらどんな目に合うかわからない。丸く赤みがかった鼻なんて黒糖につけて黒くされるに違いない。もう諦めるしかなかった。石の盾の硬さなんてのはもうない。ほどよいプニプニ感を残すのみだった。ピエロたちが抹茶やチョコレートといった変わり種の味を頼むのに対して自分は最後の抵抗をしたのである。

「"普通"のミルクティーください」

ピエロにはえらくウケた。店の構造的に店員のが高い位置にいたのだが向けられた視線は考えられないほど鋭角だった。出来上がるのを待つ間メニュー表に普通の文字を探したがどこにもなかった。

「お待たせしました。"ミルクティー"です。」

ミルクティーの前に普通なんて言葉が入る隙はなかった。その代わりに言うまでもない大量のタピオカが沈んでいた。自分の気持ちも沈みきっていた。もはや完全体であった。鼻なんて丸くて真っ赤である。何なら耳まで赤かったかもしれない。顔面は白いなんてもんじゃない。蒼白である。黒いプニプニからは逃れられないと悟った。もう飲むしかない。決死の覚悟でストローを口に咥え少しずつ吸ってみた。

うまいではないか。

もともとミルクティーは好きだったのだが店のものは想像以上に美味しかった。タピオカも食感はちょっとうざかったが可愛げが感じられるくらいには美味しかった。そして何よりタピオカを飲みながら喋るといったことが信じられないくらい楽しかったのだ。ピエロなんて失礼な呼び方ができるわけがない。それはそれでピエロに失礼なのだが。何を言っても笑ってくれてちゃんと弾き返してくれるじゃないか。これはもうタピオカさんである。ピエロと思っていたものはみんなタピオカだったのだ。

対して前までの自分は何だったのか。考えてみれば最初から普通ではなかったのかもしれない。周りとのギャップを埋めようとせず、硬い石の盾で構えて毒を吐いていただけであった。こんなのはもうキャッサバである。キャッサバには毒があり、天日干しなどで抜く必要があるそうだ。そう考えると店員さんの視線がえらく上からだったのも納得がいく。あれは暖かい昼間の日差しだったのだ。そう思うことにしよう。

こうして自分も少しではあるが普通の大学生になれたわけである。いや、少し違う。普通なんてのは多数派と少数派に過剰な人が気にすることである。大学生活に華がなかろうが今が楽しければそれでいいのである。そんな当たり前のことにようやく気づけた。そして改めて結論も出た。人は簡単に変わらないのではない。

人はタピオカになれるのだ!

こんな結論を出した自分は昼の日差しをたっぷり浴びなければならない。
昔から何かを締めるのが下手くそだった。
人は簡単には変わらない。










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