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いもうとの誕生日

私は途方に暮れていた。
扉の向こうでは、夫くんと次女ちゃんが、楽しげに夕飯を食べている声が聞こえる。左手でお椀を持つことを口うるさく注意されて、素直に従って、ベタ褒めされている。私もベタ褒めに参加したい。

けれど、私の膝には、泣きすぎて前も後ろも分からなくなっている長女が座っていて、彼女は、保育園から持ち帰ってきた荷物も片付け終えていないし、あまつさえ手だって洗っていない。
そんな有り様では、バースデーケーキにありつけない、と伝えると泣き方は激しさを増す。


お誕生日、おめでとう!

と、私が次女ちゃんに言った。
次女が、嬉しそうに笑った。
「ほいくえんで、もらったよー」
と、お誕生日に貰える絵本を見せてくれた。

熊とウサギとリスが、お誕生日のケーキを焼く絵本。
『きょうは〇〇ちゃんのおたんじょうび』と、名前を書き込めるようになっていて、保育士さんが記入してくれている。

熊が粉を計量すると、そこには次女の体重が記入され、ウサギが牛乳を計量すれば、そこには次女の身長が記入されている。
ケーキの生地を流し込んだそこには、次女のオレンジ色の手形が貼られていた。焼き上がりのページには、次女の嬉しそうな顔の写真、綺麗に髪を編み込みにしてもらっていた。

保育士さんからのメッセージ。

その絵本を嬉しそうに見せてくれた。
読み上げる途中で、もう、長女は泣き出した。
泣いて泣いて、別室に行って、諦めずにずーっと泣いて、ご飯の準備が出来ても、次女と夫くんがご飯を食べ始めても、まだ泣いていた。

多分、1時間ちょっと。

全然落ち着かないので、諦めて傍に行った。
膝に抱き上げる、身長100センチ。次女と7センチしか違わない。
誕生日で言えば、1年3ヶ月16日しか、471日しか違わない。

「3ヶ月と16日前に、ゆーちゃんの4歳のお誕生日、あったじゃない?」

分かってる。
それとこれとは別だよね。

「すーちゃんが、チヤホヤされててさみしいの?」と聞けば、頷いた。
「お誕生日は1年に1回しかないんだよ」と言うと、不満げ。

聞けば、誰かに「すーちゃんが3歳になったら、ゆーちゃんは5歳だね」と言われたらしい。
――違うんです。この子が5歳になるのは8ヶ月も先、次のクリスマスが来る頃なんです。

「今日は、誰のお誕生日?」と聞くと、無言。
キュッと結んだ口元。
「言いたくないの?」と聞くと、頷いた。

「言いたくないほど…悔しいの?」と聞くと、また頷いた。

妹の誕生日が悔しくて泣く…。

3ヶ月と16日前には、同じように、保育園でお誕生日会をして貰って、得意げに絵本を持って帰ってきて、母と父からチヤホヤされていたはずなのだけど。


洋服も、妹とのおそろいを好む長女。
次女は、逆に姉とおそろいの服はあまり選びたがらず、お下がりの服も、長女が好まなかった服を好んで着る。

「すーちゃんのお誕生日、一緒にみんなでおめでとうってお祝いしようよ。ニコニコ笑って、一緒にケーキ食べようよ」と誘ってみるけれど、泣きはちっとも収まらない。
収まったかと思えば、また。寄せては返す、波のよう。


いつも以上に、妹の隣に私が行くことを嫌がって、自分の所に来たらもう、必死で離すまい、としがみついてくる。

理想とはかけ離れる姿に、もうこちらも困惑しかない。

理想は、理想。
にこにこ優しいお姉さん。
私だって【にこにこ優しいお母さん】にはなれない日もある。否、なれない日の方が多い。


いつの間にか “足りない” が、長女の中に溜まっていたのだろう、と思う。

1歳3ヶ月の差。
出来ることが増えて「すごい!」と大人から褒めちぎられる妹。絶賛トイトレ中。自分だって、トイレでオシッコ出来てるのに。なんならウンチだって出来るのに。
ずっと前から、電気を消すのは自分の役目だったのに、ついこの間から妹もスイッチに手が届くようになった。

次女ちゃんばっかり!!!と思って、泣くほど悔しくて許せなくて、皆の楽しそうな輪の中に入って行けないのは、自分が愛されているという自信がないからだ。

文字にして、改めて責任を感じる。

2人目の余裕なのか、もう子どもは産まないと決めているからなのか、何かと次女に手を掛けがちで、いつまでも赤ちゃんのような気がして、なんならいつまでも赤ちゃんで居て欲しくて、手伝ってしまいたくなるし、可愛い可愛いと声を掛けがち。自覚もしている。圧倒的に次女に甘い。激アマ。


見てるよ。
好きだよ。
大好きだよ。
可愛いね。
宝物だよ。
大事だよ。
産まれて来てくれてありがとう。

意識して、声を大にして、態度でも示して行くように気を付けよう。

大事にされて、優しくされて、初めてそれを人に分けられる。
長女は、まだまだ、私からの愛情を ”足りない” と感じている。
多分、他の誰かからの、ではダメなのだ。夫くんがいくら愛でても、祖父母がいくら愛でても、保育士さんがどんなに可愛がっても、やっぱり ”足りない” は埋まらない。

その空洞は、多分、私にしか埋められない。

内緒のはなし、教えてあげるね。と前置きして、
「お母さんを≪おかあさん≫にしてくれたのは、長女ちゃんなんだよ。そこだけは、絶対に追いつかれないし、ゆーちゃんこそが、唯一無二の一番だよ」
と言うと、意味は半分も理解出来てないだろうけれど、ニヤッと笑って、
「ゆーちゃんは、ゆーちゃんむにんのいちばんだからね!かちだよ!」と叫びながら部屋を飛び出して行った。



その後、また、妹の誕生日プレゼントが悔しくて、更に2時間泣いた。

コツコツ時間を掛けて、エンプティモードを埋めていくしか、他に方法はなさそう。

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