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マインド・ザ・ギャップ 7

「本当にごめんなさいポール。でもあなたはもうレールの上に乗ってしまっているのよ。分かってちょうだい」と母は俯きながらどうにか聞き取れるような小さな声で言った。

「やっと父さんとだって自然に仲良くできるようになってきたのに。僕らこれからだと思ってたのに。そんなに僕が邪魔だったの?」
「そうじゃないのよポール、これはあなたの未来のためなのよ」
「これが母さんの言ってた素敵な未来ってやつなの?最悪だよ」と僕は吐き捨てた。僕らの間を沈黙が埋め尽くした。その沈黙を破ったのは帰宅した父さんだった。

 聡明な人だ、僕が握りしめていたパンフレットを見て全てを察したのだろう、ゆっくりと近付いてきて僕らの肩に手を置きいつも通りの低く優しい声でこう言った。
「私たちはもう立派な家族だ。家族というのは問題解決のために一緒に力を尽くさなければいけない。まだ時間はある、ゆっくりと話し合おうじゃないか」
「2対1だ、それに憲法で決まってる。僕に選択肢なんかないんだろ?」と僕は床のタイルを見つめながら無機質に呟いた。
 父さんはゆっくりと首を振った。
「言っただろう?まだ時間はある。私だって最初は大統領になんかなりたくなかった。もともと今の法律の大半は資源のなかったこの国で開発独裁のために作られたものだ。そして採掘の体制が整っている今、この憲法は時代遅れだ。そう思わないかポール?」
 僕は答えなかった。
「私の部屋に来なさい」と父さんは行った。僕は何も考えられないまま父さんの後を付いて行った。背中越しに母さんが椅子に座り込む音が聞こえた。僕の部屋の3倍くらい広い父さんの部屋に入ると来客用のソファーに座るよう言われ、僕はそこに沈み込んだ。父さんは自分のデスクの引き出しの中をまさぐり、しばらくしてからとても分厚い紙の束を発掘した。
「これは何だと思う?」
「分からないよ」と投げやりに返す。
「これは私の最大の財産だよ。金なんかでは決して買えないものだ。これは今の大統領の世襲制を廃案にするために私が就任前から書き溜めているアイディア・スケッチだ。ざっと30年分だ。これを君に贈ろう」
 僕は起き上がった。

「私の考えはもう時代遅れかもしれない。しかしどんなものにでも歴史がある。私は私の時代を作った。そしてそれはまだ終わっていない。仕上げが必要なんだよ。君の新鮮な思考が必要なんだ。書き記すべき余白は残っているんだよポール。一緒に歴史を作ってはくれないか?」
「それってどういうこと?」
「この国を変えるんだよ。君と私と2人でね。親子の初めての共同作業というやつだ」
「そんなことできるの?」
「できるとも。時間をかけさえすればね。君だって見ただろう。多少の計算違いはあったが、私はやり遂げた。とても長い時間がかかった。でも不可能ではないんだ。私みたいな人間だってできたんだ、君だってきっとできる。私はどうにかひとりでやったが、今度は2人でやるんだ。かなりの勝算があるとは思わないか?」
 僕の中にぼんやりとした弱い火が点いたような気がした。今にも消え入りそうだが、僕はその時それを消したくないと思った。
「やってやろうじゃないか次期大統領。新しい国を作るんだ。君にしかできないことだ。ましてや私は現大統領だぞ?2人でやるんだ、きっとできる」
 薪がくべられ、火は徐々に大きくなっていく。
「自由が欲しいだろう?それにはアップデートが必要なんだ。私だって本当はどんな形でもいいからギター弾きでいたかった。だが私にはできなかった。私はアップデートできなかったんだ。でも君はまだ若い。私は君にベットする、君はどうだ?誰にベットする?対象はものすごく少ないぞ?オッズもどんどん下がっていく。さぁ、どうする?」
 今度はガソリンだ。さすがは大統領の手腕だ。
「分かったよ父さん。僕自身にベットだ」
「それでいい。本来の法規に基づけば我々は共謀罪もしくは国家反逆罪に問われてもおかしくないが、今回は見逃してもらおう」
「ところで父さん、ギター弾きだったって本当?」
「ああ、昔は毎日6時間は練習していた。でもある日帰ってきたらギターも楽譜も親父に全部燃やされてしまっていた。もちろん私は君に対してそんなことはしない」
「ありがとう」
僕は立ち上がり、父さんと固い握手を交わした。その後母に謝りに行った。

幼年期の終わりだ。

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