見出し画像

マインド・ザ・ギャップ 3

 チェケル国にはほとんど産業らしい産業がない。

 アフリカ大陸中南部に位置する国土は、そのほとんど山かサバンナに覆われている。みんなどうやって暮らしているのかよく分からない。唯一の外貨獲得手段は国境を縫うように走るニナ山脈の鉱山から採掘されるレアメタルの輸出。輸出額自体はけっこうなものだが、国民の暮らしにはほとんど反映されていない。総人口の10%にも満たない首都・ニリマルに本社を置く採掘権を持つ国営企業やその関連企業が根こそぎ持って行ってしまうせいだ。だが採掘に携わる国民は比較的高い賃金をもらっていて、この国における中間層を形成しているため、緊急を要する貧困国には見えづらく、国連もNGOもあまり興味がないようだ。

 中間層の間には携帯電話が広く普及してはいるが、高価なものなのでとにかく耐久性の高い機種が人気だ。車は超高級品だが、地球を何周もしているようなオンボロならゴロゴロしている。近隣諸国には石油を産出している国もあるが、我が国に油田はない。だから石油は輸入に頼るしかない。主要な発電所は少しの石油と大量の石炭を燃やしている。これもほぼ輸入だ。主食は麦・イモ・豆。公用語は雑多で、みんなそれらが混ざった会話をしている。信仰対象もバラバラで地域によって異なり、国教と呼べるものはない。強いて言えば旧宗主国であったイギリスの影響で少しキリスト教徒が多い。イギリスがなぜこんな土地を欲しがったのかは昔は金が産出されたという一点に尽きるのだろう。

 武装が貧弱な軍隊はあるが、志願制で競争倍率は高い。武装は貧弱なもので十分だった。いくらでも石油が出るような国がわずかなレアメタルしか採れない鉱脈を求めてわざわざ攻めてくるということは考えにくい。軍事力は主に国内へと向けられた。貧困層は1日5ドル以下のギリギリの生活を送っている。だから内乱が起きる可能性は決して低いものではない。どこから武器を調達しているのか知らないが、小規模ながら反政府勢力も存在する。彼らはどれくらいオリジナルからかけ離れているのか分からないようなコピー品のAKやRPGで武装している。

 道路はまだまだほとんどが未舗装。テレビのチャンネルは3つ。ケーブルテレビに加入すればチャンネル数はグッと増えるが、加入者はそんなに多くない。通信インフラもひどいもので、ニリマルの外の固定電話はほとんど使いものにならない。どうにか非常に低速のwifiが使える程度だ。通貨単位はディナ。市場に流通はしているが貨幣価値が極端に低いため、もっぱら売買にはアメリカのドルが用いられている。金のない一般市民の交通手段はもっぱら時間通りに来ることのない鉄道。僕はそんな国の首都で生まれた。母の名前はジェーン。父と母は僕がまだ大きくなりきらないうちに離婚したので、僕は父の顔を覚えていない。だから夫婦がいて子供がいてというような一般的家庭がどんな感じなのか分からない。でも父がいないのが前提で大きくなったので、特に寂しいだとか、何かが欠如しているだとか、そういう風には思わなかった。母はその時議員をやっていたので、あまり僕と一緒に過ごす時間を取れなかった。だから覚えているのはベビーシッターと過ごしていた時間の中のことの方が多い。ベビーシッターを務めていたのはジェクという初老の女性で、僕に簡単な勉強や民話なんかをとても丁寧に教えてくれた。ジェクは洗礼を受けて居ないのでクリスチャンとしての名前を持っていない。だが母はそんなことは気にしていなかった。母も洗礼を受けたのが遅かったのだ。ジェクはいつも料理を作って僕に食べさせてくれたが、ときおり帰ってきた母の作る料理はジェクのものよりもおいしかった。母の口癖はいつもこうだった。

「ポール、あなたは絶対に議員になんかなるんじゃないわよ。あなたには私よりもっと素敵な未来がやってくるわ」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?