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マインド・ザ・ギャップ 1

 また厚いスチールのドアが蹴られる音で目が覚めた。ということは少なくともまだ地球は回ってるってことだ。

クソッ、最悪だ!

「返事をしろアーマル!いつも通り5分だ!」
 看守にどうにか「はい!」と返事をし、ベッドのシーツをきれいに直し、まっすぐと立ってドアが開くのを待った。
 怒鳴り声から(おそらく)キッチリ5分でドアを開けた看守に「おはようございます!」と挨拶をする。看守は答えずにドアを閉め、いつも通り無言で独房内の点検と僕のボディチェックを済ませるとドアをノックし「クリア」とはっきり口にする。外の看守が食事を片手に持ってドアを開け、ドアの右の小さなテーブルに素早く朝食の載ったプレートを載せ、2人は出て行った。僕は深呼吸をし、再びベッドに倒れ込む。見なくても匂いで分かる。今日も豆とイモのスープ、パン、サプリメント。いつも通りの朝が来た。おはようみなさん、僕がアーマルです。

 僕の狭っくるしい王国にはほぼ何もないと言っていいと思う。ドアにはプラスチック製の覗き窓が付いているがそれが唯一の窓で、ここには他に窓がない。天井の高さは3m半くらいか?壁はザラザラとした目の粗いコンクリート製で、人ひとりが食事を作らずに生活できるくらいの広さがあり、監視カメラ2台が常に僕の動きを追っている。さっきも言ったけど窓はない。冷蔵庫もない。トイレもない。トイレがしたくなった時は看守に向かって「願います!」と叫んで、通路の奥にある共用トイレまで行かないといけない。もちろん看守はトイレのドアの前までついて来る。制限時間は最長でも10分。3分おきにドアをノックされる。王国には一応洗面台と鏡もある。洗面台の上にはステンレスのコップと歯ブラシがある。喉が渇いた場合はコップで水を飲む。歯ブラシが使いものにならなくなってきた時も「願います!」だ。壁に設置された乳白色のライトの下には簡素な合板の机と椅子があり、その上には外付けカメラと繫がった、おそらく中国製であろうメーカーのノートPCが置かれている。

 通信は常に監視され、僕は世界に対して1通のメールを送ることも許されていない。もちろん書き込みもアウトだ。ダウンロードも禁止。保存は僕が撮影した動画ファイルのみ。できないことはないが、もしアルファベットの1文字でも書き込ものうものなら、ダウンロード画面を表示しようものなら、それはもう長い長い「ダンスパーティー」に招待されるだろう。僕に許されている唯一のこと、それは動画を撮影してネットにアップロードすることだ。

 ただしこのPCからはアップロードできない。性能的にはもちろん可能だ。僕はワンクリックでこの国の現状を洗いざらい話して国を滅ぼすことだってできる。でも命と引き換えだ。今のところ僕にそんな勇気はない。だから投稿する場合は動画ファイルをUSBメモリに移し、将軍の部下の検閲を受け、「不適切」な箇所は都合よく編集され、やっとネットにアップロードされる。だいたいそんな感じだ。

 僕がこの王国に住んでいる理由はひとつ。単純に出してもらえないからだ。入ることになった理由はおいおい説明しよう。無論自由はこの部屋の中に限定されたものしかない。私物の所持はUSBメモリひとつとノート1冊とボールペン2本以外認められていないが、それだけでもないよりはずいぶんマシだ。本当は2B以上の鉛筆が欲しかったのだが、「鉛筆は凶器になり得る。書くだけならボールペンで十分だ」とあっさり却下された。毎日昼頃になると最新のノートは看守に取り上げられ、1時間ほどチェックを受ける。何も「不適切」なことが書かれていなければノートは返却される。もし少しでも怪しいと思われた場合ノートとはサヨウナラだ。まぁ新しいノートが支給されるだけ助かる。朝は6時起床、食事は朝昼晩と同じものが出てくる。21時には消灯、PCの電源も強制的に落とされる。21時までにUSBメモリに動画を移さなければその日のデータはパーだ。消灯と同時にUSBメモリは看守に回収され、翌朝10時頃に戻ってくる。ちなみに動画を撮影していない時は翌日に「ダンスパーティー」するハメになり、「ダンスホール」で看守にタコ殴りにされる。ある意味しかたないことなのかもしれない。看守たちは下手をすれば僕より退屈しているのだ。あるいは「ダンスパーティー」は彼らにとっていいストレス発散になるのか。骨が折れてるんじゃないかと思うほど体に痛みを覚える「ダンスパーティー」もあったが、幸い今のところ実際に折れたことはない。彼らは絶対に顔は殴らない。次の動画が撮れなくなるからだ。でも後頭部はカメラに映らないので容赦なく殴られる。

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