見出し画像

抗原原罪について

今日は「抗原原罪」と呼ばれる現象について浚ってみよう。これは免疫学的な現象とそれを説明する概念のようなものである。簡単に言えば、「最初の抗原に対して成立した免疫記憶が、その後の類似抗原に対する新規の免疫記憶成立を妨げる」という現象である。これは古くから現象を基に提示されていた仮説であり、特にインフルエンザに関してよく知られている。

インフルエンザウイルスでは初回感染の後、2回目以降の感染時に、2回目のウイルス株に対する免疫反応より、初回感染ウイルス株に対する免疫反応が優位に誘導される現象が知られている。これがインフルエンザにおいて「抗原原罪」と呼ばれている現象の例である。しかし、この現象が誘導される機序は不明な点が多い。また、ひとつの問題はインフルエンザワクチンによっても「抗原原罪」現象が起こる事である。一度ウイルスに感染していると、その年の別のウイルス株のワクチンを接種しても初回ウイルス株に対する免疫応答が誘導されてしまう。また、ワクチンによって初回の免疫が獲得された場合も同様で、特に不活化ワクチンなどの場合、ワクチンに使用された株に依存して、その後誘導されてくる免疫反応のレパートリーが決定されてしまい、変異株に対する有効な新規免疫応答が生じにくいという現象が問題となった。

繰り返しになるが、その機序には不明な点が多い。重要な点としては、変異株・つまり「似て非なる抗原」に対して起こる現象だという事だ。これは、基本的に類似抗原に対して反応したメモリー細胞が新規のナイーブ細胞からの反応を抑制するという概念によって説明されている。例えば抗体反応に関して分子生物学的な機序を挙げると、抑制性Fc受容体の関与が示唆されている。Fc受容体とは抗体の根元に対して反応する受容体であり、免疫応答に関わるという事はADEのところで説明したが、このFc受容体の中には免疫活性化ではなく、免疫抑制性に機能するものがある。これは免疫のバランスを調整するという点で、いき過ぎた免疫応答を抑えるための機序の一つであるが、要はこの「バランスを取る」という機構が悪い方に働き、本来必要な免疫応答を抑えてしまうという可能性があるのだ。つまり、新しい変異株に出会った時に新規の免疫反応よりも既に存在する古い株に対する免疫記憶が速やかに働いてしまい、大量の抗体を生み出した結果、負のフィードバック機構が機能して新規の免疫応答が十全に活性化できないという現象によってこの概念を説明する事ができる。

一方で、この現象が成立する「条件」は未知な部分も多い。抗体のクローンや抗原の特徴など色々な要素が考えられている。どの様なウイルスで懸念すべき事象なのかを含め、検討が行われているというところである。いずれにしても、変異速度の速いウイルスに対するワクチン戦略に於いては、懸念すべき事項の一つという事で理解してもらいたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?