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薬の分類・区分など

以前に核酸ワクチンと遺伝子治療は何が違うのかという質問を受けた事がある。薬の分野では「どの様な性質の薬なのか」という科学的な論点と「どの様な区分の薬なのか」という法規制の問題が混在していて非常にややこしい。一般の人はそこまで気にする必要が無いとは思うのだが、興味があれば勉強がてら読んでみてほしい。

まず、薬の区分に関する法律の一つが「薬機法」である。正式名称は医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律であり、昔は「薬事法」という名称だった(私も今だに薬事法の方が馴染みがあるが)。この法律の第二条には次の様に記されている

第二条 この法律で「医薬品」とは、次に掲げる物をいう。

一 日本薬局方に収められている物

二 人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている物であつて、機械器具等(機械器具、歯科材料、医療用品、衛生用品並びにプログラム(電子計算機に対する指令であつて、一の結果を得ることができるように組み合わされたものをいう。以下同じ。)及びこれを記録した記録媒体をいう。以下同じ。)でないもの(医薬部外品及び再生医療等製品を除く。)

三 人又は動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされている物であつて、機械器具等でないもの(医薬部外品、化粧品及び再生医療等製品を除く。)

はい、色々な言葉が出てきている。一にある日本薬局方とは医薬品の規格基準書であり、これに掲載されている物が取り敢えず医薬品という事だ。一般的にイメージする錠剤や粉の「薬」は殆どこれに当てはまる。重要なのは二項であり、要約すると「疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている物であって、医療機器、医薬部外品及び再生医療等製品でないもの」という内容になる。医薬部外品は趣が変わるので置いておくとして、要するに「薬」として考えるベき区分は「医療機器」「再生医療等製品」そしてそれ以外の「医薬品」に分類されるという事だ。まずはこれをしっかり理解しよう。

「医薬品」と「医療機器」は何となくイメージが付くと思う。それでは「再生医療等製品」とは何だろうか。これは割と最近作られた区分であり、一般的な「薬」のイメージとは離れた製剤になる。その定義としては・・・

(1)人又は動物の細胞に培養等の加工を施したものであって、

イ 身体の構造・機能の再建・修復・形成するもの
ロ 疾病の治療・予防を目的として使用するもの

(2)遺伝子治療を目的として、人の細胞に導入して使用するもの

と定められている。(1)にある通り、当初の「再生医療等製品」の枠組みは「細胞治療」を目処に作られた。細胞治療とはその名の通り、「細胞」そのものを薬として投与する治療法である。有名なところで例えれば「iPS細胞」などがある(もっともiPS細胞関連の製剤はまだ製品として承認されていないが)。これは細胞製剤という新しいモダリティについての規制や承認を明確にする取り組みであり、方向性としては良いのだが・・・

問題をややこしくしているのは(2)の遺伝子治療である。遺伝子治療とはウイルスベクターやRNAなどを用いて遺伝子を発現させたり、逆に抑えたりすることで難病を治療するという事を目的とした治療法である。これが「再生医療等製品」の枠組みに分類されている経緯は省くが、多くの場合遺伝子治療を為す為の主体は「核酸医薬」である。つまり、細胞を主体とする「細胞治療」とは根本的に考え方が異なる為、一つの枠組みでまとめて区分することが正しいかどうかは疑問である。事実として法規制の部分でも整備が不十分であり、細胞治療については「再生医療等安全性確保法」という法規制の範疇に入るが、同じ再生医療等製品でも遺伝子治療はその法規制の範囲に入らない。と言うか、現状では「遺伝子治療」に専門の適切な法規制が存在しないのだ。

個人的には、ここに「核酸ワクチン」という新しいモダリティが俄かに登場した事で問題がより致命的になったと考えている。本来、「製剤」という観点から言えば、ウイルスベクターやRNAを構成成分とする核酸ワクチンは遺伝子治療と同じレベルの区分となり規制されるべきである。しかしながら、「ワクチン」は「遺伝子治療」を目的とした製剤ではない為、「核酸が細胞に導入される」にも関わらず区分が再生医療等製品ではないのだ。実際に今の核酸ワクチンも「医薬品」として審査されている。この点には違和感を覚えずにいられない。本来分子生物学的機序に基づいて慎重に安全性を評価すべき核酸ワクチンに関して、リスク周知や説明同意を形骸化させた行政の怠慢は許されるべきではない。そして、この問題は「核酸医薬品」という枠組みの整備が進んでいなかったことに起因するとも言える。厚労省のあらゆるワーキンググループでもこの点は指摘されており、早期の区分整理が行われる事を望む。それに加えて、「核酸ワクチン」についての適切な分類がなされることも期待したい。これが医薬品の区分で許される筈が無いのだ。

最後に核酸製剤に絞って、分類や区分をまとめると、「核酸がタンパク質を発現して機能する」という意味においては、遺伝子治療と核酸ワクチン(DNAでもRNAでも)は同じ原理であり、何が違うかと言えば遺伝子治療は本来自分の持っているべきタンパク質の量や機能がおかしい病気に対して、それを補う為に使う一方で、核酸ワクチンは自分の持っていない病原体の抗原を発現させて、それに対して免疫応答を誘導するという事で、意味合いや目的が異なっている。そして、その目的の違いによって、法律で定められた「分類としての名称」も異なってくるという事だ。 「原理としてどの様なものなのか」という点と、「どの様な機序を期待したものなのか」「どの様な疾患を標的にした者なのか」という異なる視点で分類されているという事になる。

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