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10 移民が投票に行く日

▶外国籍住民の「住民投票権」

 2002年1月、滋賀県米原町は町村合併を問う住民投票条例を制定し、外国籍住民に住民投票権を付与しました。これは、日本で初めてのことです。
 ―「苦労して日本で生き抜いた父たちのことを思うと感無量です」。米原町で生まれ育った在日韓国人二世の彼女の胸には、うれしさと、少女時代のほろ苦い思い出とが交互に去来した。韓国出身の父は廃品回収業を営み、5人の子を養った。健康保険にも加入できず、過労で父が倒れると一家は高額の医療費にあえいだ。両親が「外国人だから仕方ない」と悔しそうに話すのを、彼女は複雑な思いで聞いた。20歳で同胞と結婚。政治や地域の問題に関心を持っても、「国籍の壁」は、思いを託す一票の獲得を阻んだ。それでも日本国籍を取得しなかったのは、「日本人になっても根本的な問題は解決しない」と思ったから。しかし今、ふるさとが自分の一票を必要とした。「三世、四世が生きていくこれからの時代は、外国籍でも同じ扱いで暮らせる日本社会であってほしい。今回の投票がその第一歩になれば」と彼女は言う(『中日新聞』2002年4月1日から抜粋)。
 それから19年余、外国籍住民に「住民投票の投票権」を認める条例を定めた自治体は200以上。住民投票ができる外国人は「永住者」がほとんどですが、「永住者と日本人配偶者」「3カ月以上住所を有する全外国人」としている条例もあります。

▶社会参画を阻む「国籍条項」という壁

 いま全国の自治体には、少なくとも3,987人が「外国籍公務員」として働いています(共同通信の2016年全国自治体調査)。また公立小・中・高校には、推計で約300人の「外国籍教員」が教壇に立っています。
 ただ、外国籍公務員にしても外国籍教員にしても、「公権力の行使または国家意思の形成への参画にたずさわる公務員となるためには日本国籍を必要とする」という国籍条項の壁が、採用機会を制限し、そのうえ採用後の上級職への任用を阻んでいます。これは法律で定めたものではなく、政府の「運用解釈」に過ぎませんが、今もって外国籍住民は、たくさん経験を積み能力があっても、市の部長・局長、公立学校の教頭・校長になれません。

▶地域社会と「特段に緊密な関係を持つに至った」住民としての権利

 地方自治法は、「住民は、その属する地方公共団体の役務(住民サービス)の提供をひとしく受ける権利を有し、その負担を分任する義務を負う」と定めています(第10条2項)。ここにおける「住民」とは、「日本国民である住民」に限定しているわけではありません。しかし外国籍住民は、納税など「負担を分任する義務」を日本国民と同様に負いながらも、地域社会において「役務の提供をひとしく受ける権利」も「その中味を立案・決定する権利」も奪われてきたのです。
 ところが、最高裁は1995年2月28日、こう述べました。「我が国に在留する外国人のうちでも、永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるものについて、その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべく、法律をもって、地方選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではない」。つまり、外国籍住民の地方参政権を認めることは憲法違反ではない、国会で法律を定めればいいのだ、と。

▶国政選挙権は国籍国に、地方選挙権はいま住んでいる地域で一票

 いま海外で生活する日本人は、135万人を超えます。彼らは、日本の衆議員・参議員選挙の際、在外投票を通して一票を投じることができます。と同時に、アイルランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、フィンランド、アイスランド、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、ニュージランド、韓国……に住んでいれば、その国での地方選挙に参加することができます。
 これらの国に住んでいる日本人は、その国の「国民」ではないけど、その社会の「住民」だからです。
 移民が地方選挙で一票を投じる日、移民が公立学校の校長になる日、そして移民の子が市長となる日―その日は、さまざまな文化が豊かに息づく、すばらしい地域社会への第一歩となるはずです。

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