09 多様性を前提とした行政サービスを!
ガーナ出身のコフィは、シングルファーザーです。結婚した日本人女性ユミとの間に、2人の子どもがいます。ユミは、数年前に、今の生活に縛られたくないと、コフィと子どもたちを置いて家を出て行ってしまいました。コフィはユミに、彼女の両親を通して家に戻ってきてほしいと何度も伝えましたが、ユミが戻る気がないことを知り、離婚調停を申し立てました。結果、コフィが子ども二人の監護権を含めた親権を獲得しました。コフィは、ひとり親家庭になることで子どもたちにつらい思いをさせたくなかったので、これまで以上に子どもたちと会話し、しっかり世話をしようと心に誓いました。
コフィは空き缶処理工場で働いています。朝8時から夜6時までがコフィの勤務時間です。毎朝5時に起きて、朝食を用意します。朝6時半に子どもたちを起こし、朝食を食べさせ、自分は7時過ぎに家を出ます。会社まで、30~40分かけてママチャリで通勤します。
コフィの日本での生活はすでに20年になりました。日本語は、来日後に一生懸命自分で勉強しました。日常会話で困ることはないのですが、税金や子ども手当に関する役所からの通知などの内容を理解するのは困難です。子どもたちがもらってくる学校のお知らせも、これまではユミがすべて目を通し、対応していましたが、今はまず長女に見てもらい、それでもわからないときは、会社に持って行き、工場長に内容を教えてもらうことにしています。でも、家庭に届いたものを会社に持って行くのはやはり気がひけます。
長女のリナは中学3年生になりました。母親が家を出て行った頃から、コフィとはあまり話をしなくなり、最近、学校にも行かなくなりました。担任の先生に相談したいと思いますが、そもそもリナがどんなことで悩んでいるのか、家庭環境か、勉強のことか、あるいは友人たちとの付き合いか、まったく想像もつかないので、先生に聞いたとしても先生も困ってしまうかなと悩んでしまいます。
2011年3月11日の東日本大震災発生の際、コフィは会社にいました。工場長が、「帰れるうちに家に帰りなさい」と言うので、急いで自転車で家に戻りました。幸い、子どもたちも無事に家に帰っていました。けれども、テレビで報道される被災地の様子や、原発から漏れた放射能による被害のことを知り、不安と恐怖でいっぱいになりました。放射能のことを子どもたちに聞かれても、コフィは答えることどころか、情報を入手する術すらなく、情けない気持ちになりました。コフィは、これから日本で暮らしていく子どもたちに、日常の世話をしてやるだけでなく、社会のことも教えてやりたいと思っています。しかし、それをコフィ一人の力で成し遂げることは至難の業です。
▶行政書類の多言語化、多文化ソーシャルワーカーの配置、移民の行政参画
移民は、日本で生活する中で、言語や文化、職場環境、家庭環境、あるいは在留する条件の違いなどによりさまざまな課題に遭遇します。そうした課題の一つ一つを、どこに相談すればよいのかを判断するのもそう簡単なことではありません。役所にはそれぞれ担当窓口がありますが、書類も説明も基本的にはほぼ日本語です。地域に暮らす住民全員に関係する手続きであるのなら、少なくともすべての書類において多言語化が必要です。
役所によっては通訳が常駐しているところもありますが、人手は足りていません。また、通訳は窓口の担当者とのコミュニケーションを支援してくれますが、通訳の業務の範囲を出ることはないため、問題が多岐にわたっていたり、学校や専門の支援組織などとの連携も必要になる場合には、しっかりと話を聞き、文化の違いや社会的背景に配慮し、総合的に支援の方針を立てる相談員や専門家、いわゆる多文化ソーシャルワーカーの配置が必要です。
移民もその地域を構成するメンバーです。地域によっては、移民の抱える課題を共有したり、多文化共生施策の実現に向けて話し合う外国人代表者会議というような組織が設置されています。これは移民コミュニティからの声を地方行政にあげるシステムとして非常に大切です。しかしながら、そこに参加できる人は限られていることから、取り上げられる課題もまた限定されてしまうという問題があります。行政サービスに多様性を担保していくには、移民も日本人と同様、行政の意思決定に参画できるしくみが必要です。移民の代表に特化した組織では限界があります。そのためには、まずは、制限のない公務就任権、そして地方参政権の付与が必須となるのです。
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