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雪の降る町 川口

うちの家系は親子三代川口という町で生を受けている。北区赤羽から荒川にかかる大きな橋を渡ったところだ。

祖父は川口市の名産である鋳物の工場に勤める職人で、真剣師でもあった。真剣師とは、将棋や麻雀などのテーブルゲームの賭け事で金を稼ぐ人間のことで、祖父は賭け将棋の名人だった。プロ棋士相手に、一手指すごとに賭け金が上がってゆくルールで対局し、金を巻き上げては全て馬券に変えてしまう、そんな人だったらしい。俺も小さな頃に居飛車や穴熊とかいった将棋の戦法を祖父から教わったが、さっぱり身に付かなかった。身についたのは馬券の買い方だけだ。

父は川口市の外れの、小さな公団に生まれた。市の中心部に林立している大きな団地とは違い、2階建の白いコンクリートでできたアパートが並んでいる。頭上には防音壁で覆われたチューブのような近未来的な高速道路が通っていて、未来の貧民街のような雰囲気のところだ。父はブルース・リーに憧れて、アクション俳優として成功することを夢見ていた。早稲田で製本工場を営む叔母の家を間借りし、俳優の養成所に通っていたが、思ったように芽が出ず、いつも歌舞伎町のディスコで遊び呆けていたらしい。父は運動神経抜群で筋骨隆々といったところだが、それも俺には遺伝せず、クラブに通う癖だけが父親に似た。

俺が生まれ育った地域は、市の狭間のあたりで、移民の多いところだ。川口市の中心部は中国人が多く住んでいるが、俺が育った地域はフィリピン人やインド人、トルコ人、クルド人などが多く暮らしている。クルド人というのは、イラン系の山岳民族のことで、国を持たない最大の民族と言われている。いわゆる難民と言われている人たちだ。彼らは近所のセブンイレブンの駐車場でいつも楽しそうに酒盛りをしている。彼らがそこに集まるようになるまでは、1人で喋り続けているシャブ中のおじさんが座り込んでいたので、彼らも治安の改善に貢献している。

通っていた小学校の学区内に大きな少年院があったので、少年院の運動会があると、小学校の運動会のために練習させられたソーラン節やらなんやらのダンスをみんなで披露しにいくのが恒例行事だった。小学校の担任は、「彼らは過ちを犯してそこの施設にいるが、決して悪い人ではないので差別してはいけない」と、なんだか不明瞭なことを言っていた。

少年院の運動会は全面撮影禁止で、寮対抗のリレー対決なんかをやっていた。15〜18くらいの、小学生から見たらすごく大きく見える人たちが、あまりはしゃいでいる様子も見せずに種目をこなしていて、観客もまばらで静かだった。子供ながらにそこにいる人たち全員がそれぞれ重い罪を犯していることは理解していたが、少年達よりも施設の偉い人の笑顔の方がなんだか不気味に感じたのを覚えている。
後になって知ったのだが、その少年院は殺人などの重い罪を犯した少年達だけが集まる、日本に二つしかない本格的な少年院で、俺が幼稚園の頃には神戸連続児童殺傷事件の犯人の酒鬼薔薇聖斗がいたことで有名だった。

こうして書き連ねていると、地元を卑下しているように見えるが、実はその逆だったりする。風俗街と公営ギャンブルと移民で有名な町だが、そこにある決して美化されない人間らしさのようなものが好きだ。東京の下町のような風情も人情も、ポエジーも物語性もないのが川口の美しく愛すべきところだ。

風俗とギャンブル以外で(風俗店はすでに半数以上が潰れて中華料理屋になっているが)、川口市唯一の観光名所であり、川口市民が誇りに思っている場所がある。それはJR川口駅の西口に位置している。

白のタイル張りの壁と、クリーム色の建物を見れば、誰もがそこに集合するシャツにジーンズ姿の中年男性とそれぞれに黄緑色で書き出された名前を幻視するだろう。ネギさま、◆SAZABLIZRY、心理、雪の降る町、、、、
インターネットの英雄たちが集ったこの場所は川口市の誇るべき聖地だ。
10年後には雪の降る町が川口市のマスコットキャラになっているだろう。

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