【エッセイ】壊れるほど憎む

こんな夜に相応しい,誰かが忘れた記憶を呼び覚ます
壊れるほどに自他含む総てを憎んだ過去
あまりにも強すぎて,今でもリアルに付き纏う,強く,強く,未だ癒えぬまま皮膚に心に刻まれた傷
破壊と祈りのこと

世間が騒ぐ。流行り病に世間が騒ぐ。そのうち何に騒いでいるのか分からなくなる,固体と固体のぶつかり合いはまるで猿みたいで,何かに操られているのかそれとも己の意志なのか,何もわからぬまま,何かを守るためなのか,それとも何かを壊すためなのか,安全に息をするため静かに騒ぐ。
翻弄される世間に澱む"しかたない"と"どうしようもない"のコロイドに子犬は殺されるのか,じわじわじわじわ滲んでいった。

震える心の意味を明日に投げかけ,どこまでもいきたがる。そんな日が訪れるはずだった。どこで間違えたのか,それとも決定事項だったのか,今となっては分からない。朝が来たら夜が来る,それほど当然の理だったのか。
陽射しのように無垢な子犬は翻弄されいざなわれるようにとぽんと沈む,海の底へ。

何処に行けるのかな,月の光の揺らぐあの水面までいけるかな,それとも,呼吸が止まるまで真っ逆さまにいってしまおうか。ひとりは寒く冷たい。誰かと話がしたいだけかもしれない。たったそれだけで,救われるのを知っている。暖かく赦されたいだけだった。存在する,それだけで善いことを,誰か,誰か,他の誰でもない誰かに慰めてほしかった。それだけ。

でもそれが,たったそれだけが難しかった。ひとりでは,難しかった。だって誰かは誰かでしかなく,誰かは黒色だったから。
杳とした海の中には誰もいない。幽かな月明りが慰めになる気もしたが,あんな遠い月に心のみじめは伝わらない。伝えようにも手段がない。涙にも似た祈りが零れるも,祈りは祈りでしかない。水泡みなわの言葉は,海に紛れ消える。

千年の眠りについた。深い,浅い,寄せて返す千年の眠り。
微睡みのさなか,さざ波のように微かな音を聞く。気づけば,祭りの終わりの振る舞いですべてが平常へと戻り帰る。犠牲の堆積を,見えない亡霊を暴力のように無関心にゼロに返して。
ふざけるな,それしか思わない。奪われた怒りと悲しみと喜びと居場所。在ったはずのそれら。在り得たそれら。それらすべてを,海に返すように,盗まれてしまった。ただただ憎い,この感情だけが醜く燻ぶり続ける。

言葉にならない感情。
言葉にできない感情。
誰にもありふれていて,特別ではない感情。
誰にもありふれていて,そのうち忘れる感情。
それは憎しみ。醜くて,醜くて,気高く,特別な感情。
それを今も私は抱きしめる。これだけは失ってなるものか。
誰かが忘れてしまっても,私だけはいつまでもいつまでも忘れない。
私は私を憎み,私以外を憎む。
炎は,いつまでも燃える。燃やし尽くしてもいつまでも燃える…


より純度の高い活動の支援に協力をお願いします。