コスパとか考えてないで、さ。

自分が「楽になったなぁ」という瞬間がある。それは、「この世には楽にできるものなんてない」と納得した瞬間である。逆説的で、矛盾しているのだが、自分の中でちょっとだけ物事に取り組む姿勢が変わった。

根が面倒くさがりなので、今でもなにかするときは「面倒くさい」と思う。あー面倒くさい!と言いながら取り掛かる。ただ、楽しようとは思うことが少なくなった。

「楽(らく)」を「楽しい」ことだと一度覚えてしまうと、人生どんどん生きづらくなっていっただろうなぁと思う。多分、自分のやりたいことは誰かが作ってくれたものを楽しむだけになり、消費者側にしかいけないようになっていっただろうから。

でも、誰かが作ってくれたものって「ピッタシ」くるものなんてない。自分を満足させるためには、自分で作るしかないのだ。そして、ゼロから自分で作り出すのは、全く「楽」なことではない。でも、自分で作り上げたという誇りも含めて、自分の中できちんと柱が立ってくる。

ブルーハーツ、ハイロウズ、クロマニョンズのロックスター、甲本ヒロトが「やりたいことをやる力って、結局やりたくないことをやる力」とたしか言っていた。あれだけ「やりたいことをやっている」ように見える人が、だ。同様に、宮崎駿もドキュメンタリー映画『夢と狂気の王国』で「自分のやりたいことをするのが幸せって本当そう思う?」と語る場面がある。「鈴木さんとかも自分のやりたいようにやってるように思う?」と。あれだけ、自分のやりたいように作品を作っている(と見える)人が、だ。

当時は衝撃で何を言っているか全く理解できなかった二人が言っていた意味は今ならなんとなく分かることができる。

読んでくれているあなたはどうか私は知らないが、私自身に断言できるのは、「楽したいと思っているうちは自分のやりたいことなんてできっこない」ということである。やりたいことを作っているとき、悩みもがき自己矛盾にがんじがらめになる。すぐに放り投げて、見切りをつけてしまいたい。それでもなお、手元に残し、食らいつき、正面に見据え続けなくてはならない。自分の芯からやりたいことのとき、他人は理解できないから応援してくれることだって、ないかもしれない。それどころか謂われのない批判にさらされるときも多い。それでも、自分のやりたいことをやる人生でありたいですか?と、常にそう自分に問いかけている。

その第一歩は「コスパ」という言葉を捨てること。自分の中の非合理性に向き合うこと。生きることをサボらない。


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