【ストーリー】「希望」もしくは「祈り」の向かう先
「8人兄弟の末っ子だったこともあって、他の兄弟よりも色々と甘やかしてもらったんだよな」
戦後の混乱の時代を力強く生き抜いてきた彼は、昔を振り返ってこういった。
勉強は兄弟の中でも一番出来たそうで、早朝暗いうちから高校に向かい、星空を仰ぎながら家に帰る日々を過ごしたという。
医学部に入れる可能性もあったが、大学受験の直前に喀血。結核だった。
療養が最優先され二年間床に臥したのちに何とか健康を取り戻したものの、結局浪人できるほど家計に余裕はなく、大学受験は叶わなかった。
結核で思った人生が歩めなかった彼は『健康が一番』が口癖だった。
ぶら下がり健康器やヨーグルトきのこ、ビール酵母に乾布摩擦、テレビで体にいいというものが紹介されると何でも試した。
彼が時折良かれと思って勧めてくる健康食品はどれも複雑な味わいで、中々食べづらいものもあった。
顔をしかめる私に、
「良薬は口に苦しっていうだろう」
と彼は笑った。
健康だけには自信があるといった調子だった彼だが、定年退職後、体調不良を訴えて病院にかかった。
検査の結果は、進行大腸がん。
彼は突然の出来事に驚き、生命を脅かすその病気に慌てふためいた。
本屋に駆け込むやいなや、がんに関する様々な本を買いあさり、がんにいいと言われる薬やサプリメントをしらみつぶしに調べた。
結果、『スーパーサプリX』という抗がん効果を謳うサプリメントに希望の光を見つけたようだった。
彼から見せられた本には「スーパーサプリXを飲むだけで進行がんが綺麗さっぱり消えた人々の声」がつづられていた。
彼の家族はスーパーサプリXに少し懐疑的だった部分もあったようだが、山積みの本に毎日真剣に取り組む彼に何も言えなかった。
ただ時折、「先生には相談したほうがいいよ」と伝えていたそうだ。
初めは明らかに渋っていた彼だったが、主治医を信頼していたこともあり、ある日の外来で緊張しながら話を切り出した。
物腰の柔らかい主治医は静かに彼の主張を聞き、ゆっくりうなづいた後に
「私はこのサプリがあなたのがんに効くという証拠を持っていません。ただ、今の治療を続けてくれるのであれば、飲み続けてもいいでしょう」と答えたという。
それから3年間、手術や治療のため入退院を繰り返す日々が続いた。
ある日、彼の病室にお見舞いに行った。
ふとしたタイミングで私と彼二人きりになった時、病室の引き出しいっぱいに詰められたスーパーサプリXの箱を見つめて、
「こんなにも余らしてしまったなぁ」
とつぶやいた。
その時私は、「毎日飲むんだし、そのうちなくなるよ」と答えたのだが、今思うと、残された時間が短くなっているのを悟っていたのかもしれない。
どこか悲しそうだったのは、期待していた効果に疑問を持ってしまったからだったのかもしれない。
それからほどなくして、彼は亡くなった。
医師になった今、スーパーサプリXの医学的効果はやはり証明されていなかっただろうということが想像できる。
しかし、その当時、自分が医師だったとして、スーパーサプリXに傾倒しそうになる彼を科学的根拠を振りかざして頭ごなしに否定できただろうか。
主治医との相談から帰ってきて、「続けてもいいんだと」と喜んで報告してくれた彼の顔や、「お父さんはスーパーサプリXを飲んでいたから少し長生きできたのかもねぇ」と葬式の準備をしながら話していた彼の妻の気持ちを思うと、今も複雑な気持ちになる。
(※この物語は私が見聞きしたことや経験したことを元にしたフィクションであり、実在の人物・商品とは関係ありません)
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