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【放射線の話】病院の片隅の"反物質"という存在

今日は自分の仕事道具の話について書きます。

高校生の頃、白い巨塔の里見先生のような医者になりたいというモチベーションを持っていたのだが、8年にわたる医学教育の様々な因果に引き寄せられ、気づいたら核医学という分野に流れ着いた。
医学の中でも特にニッチな分野である。

仕事道具はPET(ペットと読む)、今の職場はPETセンターとそのまんまの名前を冠している。
医療画像検査の一つなのだが、アメリカでは医療関係でないと知らない人も多く、時々我々のオフィスの前を通る人たちが窓を覗いて、「動物の鳴き声とか聞こえないね」と言いながら通り過ぎていきます(そのペットではない)。
PETというと、「がんを見つけるための検査でしょう」とご存知の方もいらっしゃるかもしれないが、今はその科学技術に焦点を当てて話をしてみたい。

中学高校の頃の化学でやった通り、世の中にあふれる物質は小さく小さく分解していくと、原子という一つの最小単位に辿りつく。
原子は頑張ると更に小さく分解でき、陽子(及び中性子)を核としてその周りにビュンビュン飛び回る電子の雲をまとっている。
陽子がプラス、電子がマイナスに帯電しているので、原子は真ん中がプラス、外側がマイナスと型が決まっているのだ。

現在の宇宙空間は特別な例外を除いてほぼこのルールに従っており、一般的な物質と反対の性質を持つ”反物質”というものはほとんど存在しない(ことになっている)。
最先端の科学技術を寄せ集めた特殊な実験空間では、”反陽子”というマイナスに帯電した核と”陽電子”というプラスに帯電した外殻で構成される"反原子"という反物質を創り出すことも可能にはなってきたものの、その存在寿命はとても短い。

反物質が対となる一般的な物質と衝突すると、物理的に消滅してしまう(対消滅という)ことが知られており、反物質にとってこの世の中は自分の身を脅かす物質にあふれているからである。
アインシュタインが、「光のエネルギーは物質の質量×光速の2乗と等価である」という『質量とエネルギーの等価性』を示したが、この物質と反物質の対消滅によって消滅する質量がその後発生する光のエネルギーと比例することが実際に確認されている。

反物質というと、その現象の派手さから、現宇宙の始まりには物質と反物質がほぼ同程度存在しそれが大量に対消滅してビックバンが起きたとか、エヴァンゲリオンがポジトロン(=陽電子)ライフルで使徒を殲滅したとか、ジャバウォックが反物質砲で大爆発を起こして敵を倒したとか、スケールのデカい宇宙物理学的好奇心や空想科学的妄想が掻き立てられるが、実は僕の仕事道具であるPETもこの反物質を取り扱う。

PETとはポジトロンエミッショントモグラフィーの略で、日本語にすると陽電子放出断層画像撮影法、陽電子を放出する原子を用いているのだ。
体の中に注射されたPETのお薬が徐々に陽電子を放出し対消滅していく、その時に発生するエネルギーが放射線として体をすり抜けてくるのを我々は観測している。

そんなSFのような事象を用いて日々検査をしているのだと思うと、人間の叡智に驚きを感じざるを得ないのでした。

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