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目に見えないモノを見るための 001:土鍋の中の「方丈記」


こんにちは。料理カメラマンの今清水です。みなさんがよく耳にしたことのある、出版社各種雑誌などを中心に30年以上料理写真を撮ってきました。

今まで色々な料理人、芸能人や文化人の方とお仕事をご一緒させていただきましたが、中でも一番印象深かったのが、故樹木希林さんでした。
2000年、タイアップレシピ本の制作の時です。
樹木さんは「台所でお味噌汁を作りながら娘とじゃれあう(?)母親」という設定でそのクライアントさんのCFにご出演なさっていました。娘役は当時人気絶頂の田中麗奈さん。とてもタイトなスケジュールの中、撮影は二子玉川のキッチンハウススタジオで行われました。私が指定された時間にスタジオ入りした時、なんと樹木さんは先にいらっしゃっていて、お着換えのための控室にすでに入られていました。
ご挨拶を、と思って控室をノックしようとする寸前に突然、私は何かの「響き」を感じました。お返事いただき、一寸ためらいながらドアを開けると、樹木さんは静かにお一人で椅子に座っていらっしゃいました。
私が「今日はこれこれこういう風にしたいと思いますので、よろしくお願いします」と頭を下げると、「カメラマンさんがみえるなんで珍しい、気を遣わないでいいですよ」という意味のことをおっしゃり、微笑まれました。
ドアを閉めて現場に戻り、照明等の準備に戻りましたが、その間ずっと最初に感じた、その「響き」を意識せざるを得なくなりました。今思えばそれは、お姿は見えないのですが「確かにこの現場に樹木さんがいらっしゃる」と感じられるとても精妙で静かな、ある種の存在感といったものでした。
そしてその感覚は、本番撮影中ご本人が目の前にいらっしゃる時でも、それほど強くもならず弱くもならず、ただ静かに存在し続けていました。

田中さんには「母に教わる娘」を演じていただきながらの撮影をお願いしましたが、撮影が始まる前に事務所の方からは「絶対に包丁を持たせないでください」と言われておりました。アイドルに何かあったら大変なので、当時としては当たり前です。
本のレシピ部分は先に撮影が終わっていましたので、その内容に従って10パターンくらいのシーンを設定し、あれこれ指示を出したり、お好きな食べ物の話をしたりしながら撮影を進めていきました。
まな板の上におでんの材料の大根を置いて「隠し包丁」を入れる、というシーンの時に、私はわざと田中さんに「麗奈ちゃんは隠し包丁なんて知らないでしょう」と振ってみたら、彼女は「これでも中学の時は料理クラブだったんですよ」と言って自ら包丁を手にとって食材を器用に切ってくれました。それもちゃんと「猫の手」で。私の思惑通りにコトは進みましたが、そんな時、樹木さんはちょっと後ろに引いて「私は普段お料理はあまりしないのよ」とおっしゃいながらも、田中さんの手元を見つめるしぐさをしてくださるのでした。

休憩時には存在感を消していても、カメラを向けた途端に「エネルギー全開」でパフォーマンスをしてくださる芸能人の方は多々あれど、樹木さんのような、ある一定の静かな存在感を保っておられる方に、私はちょっと驚いてしまいました。もちろん、こちらの要望に答えてシーンの転換をする時などは、現場の空気を変えようとなさる位の強弱はありますが、基本的には弱火でコトコトと水面が揺れている、地味過ぎない「土鍋料理」のような雰囲気でした。当時の私的にはそれを可視化してとらえるコトはとても難しく、結果、「お仕事」としてはギリギリ成立させたけど、表現力足らずのままその日のセッションを終えました。

料理写真を「モノ撮り」だと思っている人が多いのですが、料理は生き物。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」

淀んではいないけれど、「鍋なか」の湯気や泡の中に潜んでいる「一瞬の美味しさ」を見極める力をこれからも育んでいきたいものです。

樹木さんは私にとって、香港で初めてお目にかかった時の高倉健さんと同じく、とても強い印象を残してくださった方でした。

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料理写真家・レストランプロデューサー。1965年、東京生まれ。1988年にフリーランスとして独立。国内・海外、家庭料理・レストランを問わず、料理・食材周辺の景色を雑誌・広告にて撮影。レシピ書籍は350冊以上撮影を担当。現在は飲食店経営企画にも携わる。日本広告写真家協会正会員。
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