俳句は「透明な自分」から生まれる
俳句は、自分の内なるものを、外に向けて表出させる「表現」のひとつ。
とはいえ、自分の中から溢れ出すエネルギーや感情があって、そこに端を発するというよりも(もちろんそういう俳人あるいは俳句もあると思うけれど)、自分の外からやってきて、自分を通ってまた外に出て行く。そういう性質が強いように思う。
そして、そのためには強い自我を持った自分であるよりも、「透明な自分」であることが、大切な気がしている。
正岡子規の「写生論」、高浜虚子の「客観写生」を思えば、今更ながら、かもしれな