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【#28】異能者たちの最終決戦 四章【死体 】


女は泣きじゃくりながら、裸の女に土をかけていた。汗だくで白いシャツは肌にぴったりと張り付き、プリーツスカートは土で汚れていた。スコップを持つ手は痛く、涙がそこにポタポタと落ち続けていた。半月の青白い光が照らす夜の森で女子高生は死体を埋める。死体は月を見ているかのように目を見開いていた。何処かで動物の鳴き声が聞こえる。時おり吹く風は冷たく、彼女の体を冷やした。

(カオル、カオル、カオル)

と彼女は心の中で呼ぶ。

死体が完全に埋まると女子高生は忽然と姿を消した。


その女子高生の名は紙椿さなえ。坂の浦高校3年。瞬間移動の能力者である。

彼女は相馬カオルの熱狂的なファンである。部屋は彼のポスターとグッズであふれ、そこにお風呂に入り終えた彼女が入って来る。彼女は自分の手の臭いをかいだ。死の臭いがまだついている気がした。死体の冷たさと重さの記憶が蘇る。ベッドに突っ伏し、声を上げ泣いた。泣きながらまだ涙が出ることに驚いた。枯れることのない涙に生と死の対比を感じ、残酷な発想する自分にさらに追い打ちをかけた。こんな能力を持ってしまった事、そして気軽に使ってしまった事を後悔したのだった。

三年前のあの夜、声が聞こえたような気がした。熱病の中ベッドでぐったりと寝ている時だった。その声は叫び声だった。現実の声なのか熱による幻聴なのか分からなかった。病の苦しさでそれどころではなかった。体温計は40℃を表示した。翌朝、彼女は起きると無性にアイスが食べたくなった。コンビニに売っているチョコミントのカップアイスが頭に浮かんだ。彼女はそのアイスが入った保冷庫の前に立ち、手を伸ばす自分を想像した。その瞬間、彼女はよく行くコンビニの保冷庫の前に立っていた。そして、手を伸ばしアイスを手にするとヒヤリとした感触に違和感を持った。彼女はそれを会計に持っていき財布を取りだそうとすると、自分がパジャマ姿なのに気付いた。混乱したまま彼女は家に戻ったが鍵がかかっていた。呼び鈴を鳴らすと親が驚いた顔で迎えた。さなえは部屋に戻り呆然とした。

彼女は熱病から復帰すると特殊能力を獲得していた。具体的に想起した場所と人間の所に瞬間移動出来た。だが、その癖にはまだ気づいていなかった。

人物の所に行けるとわかったのは相馬カオルの所に行けたからだ。彼女は運よく、いや運が悪いともいえるが、偶然にも彼が楽屋で仮眠をとっている時に瞬間移動してきた。周りには誰もいなかった。目の前にある光景が信じられなかった。相馬カオルが目の前にいる。彼は寝息を立て無防備な姿で横になっている。心臓が張り裂けんばかりに高鳴った。顔が紅潮し感激で声が漏れ出ないように手で口を覆った。永遠にこの光景を眺めていたいと思った。高く張り出した鼻。程よく焼けた肌とエロチックな耳の下から顎の先端にかけてのライン。大きな喉ぼとけと薄い皮膚。長いまつ毛の奥にある目を見られなかったのは彼女には幸運だった。今それが見開かれたのなら気絶してしまうかもしれない。もっとよく見たいと一歩近づいた。尊すぎて触れようとは思わなかった。ふと彼の横にあるテーブルに目が留まった。雑然と物が散らばっていた。灰皿、ペットボトルのお茶、菓子の袋と一緒に注射器があった。袋に入った白い粉もあった。ハッとした。数か月前にある男性アイドルグループの一人が薬物で逮捕されると報道された。芋づる式に逮捕が続くだろうと週刊誌は煽ったがそれ以降何も動きはなかった。芸能界薬物汚染の噂は以前から根強いが、今自分が目にしているのはそれなのだろうか?いや、こんなにも堂々と楽屋のテーブルの上に置いとくなんて、きっと違うと。何か持病を持っていて、その治療で注射器を所持しているのだと。彼女は一歩後ずさった。楽屋の外が慌ただしい音がした。そんなわけないと思った。願うように。そして彼の顔を見た。別れる前にもう一度見ようと。自分の心は正直だった。悲しい気持ちが湧き出てきた。もう行かなければならない。眼をつむり自分の部屋を想像した。眼を開けるともうそこにいた。そして彼を守ろうと決意した…。

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