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【#5】異能者たちの最終決戦【サバイバル】

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四月の下旬になり、新しいクラスの雰囲気に慣れ始めた頃。
この日、今泉東都はいつもと変わらぬ日を過ごす予定だった。というよりも、彼の見方を採用するならば「日々を消化する」と言ったほうがよい。彼にとっては一日一日がサバイバルであり、一日を「過ごす」や「送る」なんて軟弱な表現はまったく当てはまらない。彼の下半身と同様に常に緊張状態の日常を形容するには「消化」と言う言葉がぴったりだった。さて、最初の一文を彼の情緒にピッタリ来るように言い換えてみよう。

この日、今泉東都は常に危険と隣りあわせの日常という戦場を消化する予定だった。

なるほど、手垢にまみれた陳腐な表現になってしまった。
だが陳腐だが的を射た表現であるのは間違いない。
今日も彼は視線という銃弾から下半身を守らなければならないし、言うまでもなく接触なんか問題外である。それは地雷を踏むようなものだ。ベテラン兵がそんな過ちを起こすわけはないと彼は自信を持っていた。

 *

昼食を終え、彼は手洗い場で二枚目のハンカチで手をぬぐった。すべて違う柄である。
「あとは数学と、英語だな。体育のない今日は楽勝だ」
 彼はひとりごちた。かすかな笑みさえ浮かべながら。
(おっといけない。油断は禁物だ)
気を引き締めると、トイレの個室に入り、自分のポジションを確認した。しっかりとスポーツ用のサポーターによって固定され、右にも左にもぶれることなく、センターで天を見上げて屹立していた。そして、制服からはそのふくらみが見えないことを確認する。
(よしいいぞ。問題ない)
トイレを出ると、吉田裕也に声をかけられた。クラスのモテグループに属するがその中で最下位の男である。
「あのさぁ、英語の課題写させてよぉ」
この人物は、東都の危険人物リストの最上位に位置づけられていた。なにせ、うわさ好きで口が軽い。さらに悪いことに何故か東都に対して敵対心をもっている。そのくせなれなれしい。
「たのむよ。ソウルメイトだろ?」
人懐っこい表情で東都の肩を横から抱いてきた。
これは危険な状態である。何かの拍子で吉田の手がすべり、東都の下半身に屹立する硬いものに当たってしまう可能性があった。もしそうなった場合、男に抱きつかれて勃起している事になる。これはなんとしても避けなければならない。
しかし、東都にはこのような状況における回避の仕方はすでに修得済みだ。この一年の経験は伊達じゃない。
東都は抱き突かれた瞬間に肩をビクッと震わせ、顔を少し緊張でこわばらせ、「潔癖症よりの清潔好き」の演技を本能的に行った。吉田は彼の反応を見て、今泉が「潔癖症よりの清潔好き」なのを思い出し、そっと彼から身をはがしふざけるのをやめた。
東都は笑顔で言った。
「いいよ」
「すまないな。やっぱり東都はいいやつだ」
東都は教室に入り、ノートを渡すと今頃になって心臓がドキドキし始めた。このような危機に直面するのはずいぶん久しぶりだった。
「すぐにかえすよ」
吉田という疫病神は去った。
(あぶない、あぶない)
彼はほっとため息をついた。そして、少し汗ばんでいるのを感じた。同時に疲労も感じた。彼は席から立ち上がり、少し伸びをした。それから、窓の景色を見た。4月下旬の太陽が桜の木の新緑をまぶしく照らしていて、葉が風に気持ちよさそうに揺れている。廊下側の最後尾にある彼の席からでも、それはよく見えた。汗ばんだ体を風にさらしたいとさえ思うほどに緑は鮮やかで、清清しかった。彼は10秒ほどその景色を腰に両手を当てながら見ていた。すでに心臓の鼓動はゆっくりと落ち着いたペースを取り戻していた。
こうして彼は緊張をほぐし終えリラックスしていると、ある視線に気づいた。
窓側の後方の席に頬杖をついて座っている轟紗耶香がいる。顔をこちらに向けて、凝視していた。彼女は眉間にしわを寄せ、いぶかしげな表情をしている。まるで不審者を見るかのような視線を彼に送っていた。
東都はあわてた。

(!どういうこと?…もしかして、ばれたのか?)

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