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【#22】異能者たちの最終決戦【動き出した後】

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長澤麻里はスープレックスと契約することになった。青田は保護者の承諾を得るために麻里の家族に会い、丁寧に説明した。もちろん、彼女の盗撮映像の件は話さなかった。麻里の家族は娘の決断を聞き、耳を疑った。これまで散々断ってきたのに、一転急な芸能界入りに驚いた。麻里は嘘をつく事になった。適当な理由を考えて話した。憧れの女優がいて自分もそういう風になりたいとか。今まで自信なかったけど事務所が十分なサポートをしてくれるとか。家族は不思議に思ったが結局は歓迎した。やっぱり彼女のような容姿を持つものはそうするのが自然なのだからと考えたし、安心もした。ただ何故無名なスープレックスなのかと皆首をかしげた。もっといいところから話はあったのにと。例えばキングストンとか…。その問に対する麻里の答えは歯切れの悪いものだったが、家族は受け入れるしかなかった。その本当の理由を知るものは紗耶香、東都、青田の3人だけだった。

青田は長澤麻里の家族に後日、契約書を持ってくると伝え家を出た。彼は車で来ていて運転中、ずっと誰かに見られている様な気味悪さを感じた。何度もミラーを見て車とナンバーをチェックしていたが、怪しい車は見つけられない。彼は途中コンビニによってトイレを済ましたかったが、事務所まで我慢した。会社に戻ると急いでトイレで用を足し一息する。やはり東都君に彼氏役をやってもらうべきだと考えた。頼めばまた「なんで俺なんですか?」と言うだろう。あの時は自分の長いスカウト歴で培った洞察力が決めたと言ったが、それ以外にも言いにくい理由があった。青田は若かりし頃の自分を東都に重ねていた。純粋で不器用な学生時代の自分を。それでいて反抗心を心の奥に潜めて過ごしていた自分を。だから彼を信用できた。

その頃バイト中の東都は麻里の芸能界入りの提案し、そうなったことに責任を感じ始めていた。彼はカウンター内で座り監視モニターを見ながら自分の提案が長澤麻里の人生を大きく変えてしまった事に気づいた。麻里はずっと芸能界入りを断ってきた。自分には向いてないと言っていた。青田には飼い殺しにしとけばいいと言ったものの、そうは行かないと今の自分は考えていた。事務所に所属し守られながら仕事をしないのは都合が良すぎるし、麻里も望まないだろう。守られるべき価値のあるタレントにならなくてはいけない。あの時のカラオケ店での麻里の決意はそう言う気持ちも含んでいたに違いない。彼女の顔が浮かぶ。彼はドクペを喉に流し込んだ。自分の提案が麻里を不幸に落としてしまったのではいかと思い心苦しくなった。
彼は時計を見、立ち上がる。彼は暗い気持ちでトイレ掃除に向かった。

そしてこの言葉が思い浮かんだ。誰が言ったかは忘れてしまった。

「才能というものは本人が望まなければ不幸でしかないものだ」


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