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【#29】異能者たちの最終決戦 四章【紙椿さなえ 】

さなえは三年で長澤麻里とクラスメイトになって喜んだことを大昔のように感じた。たった半年前のことなのに。

三階の教室から眺める校庭の木々は色を失い始めていた。風が吹くと葉を力なく落とした。窓から届く日の光は柔らかく机に差し込み、ノートにシャーペンの陰を薄く落とす。教師は黒板に英文を書いている。チョークの当たる固い音が聞こえる。さなえはそれをノートに書き写す。

(なんて非現実的なんだろう…)

教師はさなえを当て、日本語訳を答えさせる。さなえは答える。

「多くの点において家畜動物は人間社会において無くてはならない社会的機能を持っている」

教師は彼女の答えに満足すると黒板に向き直り、文法の説明をしだした。注目され、さなえは緊張した。一般的な学生が感じるタイプの理由の緊張ではなく、罪悪感が生み出す後ろめたさからの緊張だった。次の英文に移り、後ろの席の子が訳文を言う。教師は説明する。

「この関係詞のthatは同格で、直前に名詞は無いので主語の説明になっている」

さなえはノートの英文のthatの文字の上に同格と書き記す。チャイムが鳴る。今日の最後の授業だ。よくつるむ友達の玲香が話しかける。

「今ニュースで流れてきたんだけど、相馬カオル、舞台挨拶キャンセルだって」

「あっそうなんだ。どうしたんだろうね」

「あれっ?さな、反応うすくね?最推しでしょ?え…もしかして…推し変?」

「推し変じゃないよ。…もうすぐ受験だしね。そういうの少し控えようかなって…」

「あんだけカオル、カオルって言ってたのに。切り替えすごいわー」

さなえが苦笑いをしていると、紗耶香と麻里が通りがかり、話に入ってきた。

「へー、さなって相馬カオルのことが好きなんだ」

紗耶香は興味深そうに言った。

「そうなんだよ。さなはマジで熱狂的で、引くぐらいだったのに…」

と玲香は紗耶香に言うと、隣の麻里に気付く。

「麻里はこれからカオルと一緒に仕事するかもしれないから、今のうちにサインでも頼んでおく?さな?」

「やめなよ。迷惑でしょ。そういうの」

「相馬カオルって、『真夜中のカフェで』に出ていた人?」

麻里は玲香に聞いた。玲香は嬉しそうにそうだと答える。

「主演のめっちゃかっこいい人だよ。麻里って芸能界にいるのにそういうの疎いよね。どうよ?さな?お願いしてみる?」

玲香は冗談ぽく言った。あくまでさなえをおちょくる為だと麻里に目配せしながら。
さなえはこの場から逃げたくなった。

「ごめん。ちょっと今日は早く帰んないといけないから…」

さなえはそう言うと足早に教室を出ていった。

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