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脚本「笑う月」

「笑う月」 (Manhattan96 Revue~窓枠のパレード・パレード~より)

  舞台上には窓枠がふたつ。
  上手側にはホテルの窓枠。遮光用の両開きの扉がついていると良い。
  その後ろにサイドテーブルに見立てられるようなもの。
  下手側にはアパートの窓枠。奥にはイスに見立てられるようなもの。

  ホテルの室内。窓辺に立って外を見ている女・ナナミ。月をにらみつけ  ている。どこか上の空である。
  奥のテーブルの上にコンビニ袋から物を取り出している男・シンドウ。

シンドウ  ビール飲む?
ナナミ   ううん
シンドウ  え、寿司なんて買ったの?
ナナミ   ん、うん
シンドウ  お腹減いてるなら言ってくれれば良かったのに。
ナナミ   うん・・・
シンドウ  (近寄ってきて)なんか見える?
ナナミ   いや、別に。(戸を閉めようとする)
シンドウ  なんで、開けとこ。
ナナミ   寒いですよ。
シンドウ  ね、ふぐのいい店見つけたんだよ、来月行こう?誕生日。
ナナミ   ふぐ。
シンドウ  食べたいって言ってたでしょ、てっちり。あったまるよ。
ナナミ   今あったまりたいんですけど。
シンドウ  うん。

  ナナミを背後から抱くシンドウ。窓の外を見ている。

ナナミ   ・・・どこなんですか?ふぐのお店。
シンドウ  (窓に近づいて)んー、あのへん!
ナナミ   なにそれ、わかんない。
シンドウ  (ナナミの腕を使って)あそこが新宿でしょ、だからもうちょい・・・あのへん。
ナナミ   わーかんない。離して。
シンドウ  あれ、あのうさんくさいおばさんの看板、なくなってるじゃん。
ナナミ   え?
シンドウ  ほら、あそこにあったうさんくさい、黄緑の布みたいの被った・・・なんつったっけ
ナナミ   セバスチャーニオ?まじないの?
シンドウ  よく覚えてるね
ナナミ   ・・・見せられてますから、毎回、ここで。
シンドウ  いつも同じホテルじゃ退屈?
ナナミ   別にどこでも一緒ですけど・・・でもなんでいつもここなんですか?
シンドウ  眺めがいいじゃない。窓バーンって開いて気持ちいいし。
ナナミ   いいかなあ・・・
シンドウ  本屋で見たけど、すげーうさんくさかったよ、セバスチャーニオの本。黄緑!表紙!あなたの願いがなんでも叶うなんちゃら。
ナナミ   どんな人が買うんですかね、そういう本って。
シンドウ  ナナミは、そういう本、絶対買わないでしょ。
ナナミ   買わない。信じないですもん。根拠ないし。
シンドウ  お前は、ほんとさっぱりしてるもんな・・・
ナナミ   ・・・お前は、って。
シンドウ  ん?
ナナミ   ・・・・・
シンドウ  んー?
ナナミ   (シンドウの腕をとって窓の外を指しながら)誕生日はそのへんでいいです。あのへんは、会社の人も飲みに来ちゃうから。
シンドウ  そのへん?ホテルとボロアパートしかないじゃん。
ナナミ   あのへんで見られたら困るのシンドウさんでしょ。ほら、さむい、もう閉める。
シンドウ  今は誰も見てないから。こそこそしなくてもいいよ。
ナナミ   ・・・・・

  シンドウは窓の外を見ている。

ナナミ  すごい月。
シンドウ  え。あ、ね、変な色。
ナナミ  なんか笑ってるみたいじゃない?
シンドウ え。・・・なにを?

   短い間

ナナミ   お風呂、入れてきますね。
シンドウ  うん。

  ナナミ退場。水音。
  シンドウ、しばらくじっと窓の外を見ている。
  やがてうきうきと小躍り気味にジャケットを脱ぎ、ネクタイを外し。
  ご機嫌な様子である。

シンドウ  (ふと見上げて)・・・・笑ってんじゃねーよ。

  下手の窓枠。アパートの一室である。
  双眼鏡で窓からなにやら覗いている女・リツコ。主婦らしい派手すぎな いワンピース。
  その姿を後ろから眺めている男・コウヘイ。パーカーにジーンズなどの部屋着。

リツコ   (鼻歌)
コウヘイ  (しばらく見ている)
リツコ   (鼻歌)ちゃちゃちゃちゃ、オレ!
コウヘイ  え、なに?
リツコ   え?
コウヘイ  唄ってたよね、今
リツコ   うん、少しね。
コウヘイ  え、なんかそんな軽快な感じの状況じゃなくない、今。
リツコ   あ、ごめんなさい。
コウヘイ  謝んなくていいけど別に。
リツコ   踊ってたから。
コウヘイ  え?
リツコ   ・・・踊ってるの。楽しそうに。だから。
コウヘイ  (考えて)・・・・・・・・フラメンコ?
リツコ   うん、多分ね。
コウヘイ  ふたりで?
リツコ   ううん、ひとり。
コウヘイ  ひとりで、フラメンコを・・・相変わらず陽気な人だね。
リツコ   全然。あんなに楽しそうにしてるところ見るの、久しぶり・・・家じゃ、じっと座って、むすっとして、話しかけても生返事で、お地蔵さんみたい。
コウヘイ  イメージないな
リツコ   変わったのよ。でも、今はよっぽど嬉しいのね、あの子に会えて・・・

  再び双眼鏡を覗くリツコ。
     
コウヘイ  ・・・話し合ってないでしょ。
リツコ   まだ早い。状況証拠は多いほうが、後々有利なの。
コウヘイ  よく考えろって。別れたいわけじゃないんでしょ。
リツコ   ・・・・・別れ、たいよ。
コウヘイ  ほんとに?
リツコ   ・・・・・。

  黙るリツコ。鼻をすすっている。
  ティッシュを渡すコウヘイ。

リツコ   ・・・ごめんね。コウちゃんには、いつも悪いと思ってるんだよ。
コウヘイ  それは別にいいよ。
リツコ   こんなこと相談できる友達、コウちゃんしかいなくって。
コウヘイ  うん。
リツコ   こんなところに住んでる友達も、コウちゃんしかいなくて。
コウヘイ  こんなところって。
リツコ   だって、なんでホテル街なんかにいつまでも住んでるの?もう大学生じゃないんだし、もっといいとこ、コウちゃんだったら充分住めるのに。
コウヘイ  趣味、貯金だから。まさかこの部屋がこんな風に役に立つとは思わなかったけど。
リツコ   (過剰に反応して)え、コウちゃんもしかして怒ってる?
コウヘイ  は?全然怒ってないよ。
リツコ   俺の部屋をのぞき部屋にすんじゃねえこの豚女って思ってる?
コウヘイ  思ってないよそんなこと。リツコとシンドウさんの話。夫婦なんだから、こんなことしてないで話し合えって言ってんの。
リツコ   うん・・・でもね、あそこにいるあの人、なんていうか、知らない人みたいなの。私には一度も見せたことのない顔で、あの子に触ったり、笑ったりするの。・・・それ見てたら・・・・なんか、言えないんだよね。
コウヘイ  ・・・・。
リツコ   ・・・でも気になっちゃうんだけどね。
コウヘイ  ・・・・(リツコの頭に優しく触る)
リツコ   (過剰に反応して)え!ごめん、コウちゃんやっぱり怒ってる?
コウヘイ  全然怒ってないよ!え?今むしろどのへんが?
リツコ   嘘、怒ってるよね。ごめんねほんといつもこんな押しかけるみたいな真似して、迷惑だよね。ごめん、やっぱり帰ろうかな。
コウヘイ  いや、いいよ、居なよ。
リツコ   でもさ、こんな張り込みみたいなこと、もし自分の家でされたら・・・すごい嫌!想像してみたらすごい嫌だねこれ。ごめんねあたしってば気が付かなくって。
コウヘイ  大丈夫だから、気が済むまでそこ居ていいから。
リツコ   でもコウちゃん寒いでしょ?
コウヘイ  あ、寒い?
リツコ   寒くない?
コウヘイ  わかった、ブランケット持ってくる。
リツコ   いいよいいよ。もうほんとそんな、気を使わないであたしなんかに。あたし自分で体温調整できるから。最近発見したの。こうやって向こうの部屋を見てるとね(双眼鏡を覗いて)、あ、熱い。なんかこの辺がすごい熱い・・・くっ・・・・!!!!!(こみ上げる怒りに耐えて震えている)ほら!今すごいほかほか!
コウヘイ  ほかほかって。
リツコ   だってほら、触ってみて。ほかほかだから。ほら!(コウヘイの手を頬に当てる)ね?
コウヘイ  ・・・。

     リツコ、コウヘイの手を自分の首筋に当てて。

リツコ   ね?熱いでしょ?

間。
離れるコウヘイ。ブランケットを持ってくる。

リツコ   ありがと。コウちゃんは優しいよね
コウヘイ  は、って
リツコ   ごめんね甘えて・・・
コウヘイ  いいよ。
リツコ   あたしね、
コウヘイ  うん。
リツコ   あたしね、コウちゃん、
コウヘイ  うん。
リツコ   お酒飲みたいの。
コウヘイ  ん?
リツコ   ワインでいいから。
コウヘイ  ワイン?あ、うん、白ならあったかな・・・
リツコ   白?うん・・・白でもいいよ・・・赤派だけど・・・いいの、あたしそれでいいの・・・
コウヘイ  分かった、待ってて。
リツコ   え?
コウヘイ  すぐ戻るから。
リツコ   なんかごめん、こんなあたしのためにごめん。
コウヘイ  いいよ。行ってくる。
リツコ   あ、コウちゃん。
コウヘイ  ん?
リツコ   チーズはカマンベールがいい、
コウヘイ  ・・・・うん。(退場)

     コウヘイ退場。
リツコ、ティッシュを何枚も出して丸めて足元に散らかすと、再び双眼鏡を覗く。
ホテルの窓辺では、シンドウが窓の外に見せつけるように小躍り。
見ているリツコ。不器用に笑っている
窓の外に向かって、はにかむシンドウ。

リツコ  (不器用に)笑ってんじゃねーよ。

ホテルの部屋。
窓辺ではにかみながらも、ポーズを取ったりしておどけているシンドウ。
風呂場から戻ってくるナナミ。

シンドウ  (ポーズを見られて)え?
ナナミ   え?なんですかそれ。
シンドウ  あの、この、ここの運動。ここを伸ばす。おっさんだから。伸ばさないと、ここを。テレビでやってたんだよ、あ、ほらあの黄緑の
ナナミ   セバスチャーニオ??
シンドウ  そうそれ。ほら、ヨガ的な?
ナナミ   まじない師ですよ、あの人。
シンドウ  そうだっけか?
ナナミ   テレビに出ていたんですか?セバスチャーニオが?
シンドウ  出て・・・たんじゃないかな、確か。
ナナミ   ・・・(窓の外を気にしている)
シンドウ  (慌てて)・・・お風呂はいろ
   
    シンドウ、退場。
    ナナミ、窓の外を覗き

ナナミ   ・・・・月齢2.5・・・

ナナミ、ものすごく警戒しながら、かばんから本を出す。黄緑色の本である。
    ページをめくり、そこに乗っているポーズを真似てみる。
    先ほどのシンドウのポーズも真似てみる。本のポーズに似ている。

ナナミ   シンドウさんも・・・・!
シンドウ  (声)ナナミー?

ナナミ、慌てて黄緑の表紙をむしりとる。
中表紙も黄緑である。驚く。
なにかブックカバーになるものはないかと急いで探す。
いなり寿司の容器を巻いている渋い色合いの紙が目に入る。
はがしてブックカバーにしてみようとするが、大きさがどうしても足りない。

ナナミ   もう!
シンドウ(声) どしたー?
ナナミ   なんでもないですー!

ナナミ、いなり寿司を手に不思議なポーズで念じている。

ナナミ   (浴室の方を伺いつつ)・・・ジンバラバッチャペレ・・・ジンバラバッチャペレチョン・・・ジンバラペッチョジャポン・・・あーもう長い!呪文長い!
シンドウ(声) 入んないのー
ナナミ   ・・・・ちょっと待ってー。・・・ジンバラバッチャペレチョチョンソス・・・(月に向かって)シンドウさんと・・・シンドウさんの・・・シンドウさんが・・・
シンドウ(声)   ナナミー?
ナナミ    シンドウさんが・・・・・あたしの・・・

    言葉が続かずに立ち尽くすナナミ。

ナナミ   (月を見て)・・・笑ってんじゃねーよ。
シンドウ  (バスローブ姿で戻ってくる)一緒に入ろうって。
ナナミ   はあ!

慌てて本を隠すとするが場所が見つからず、スカートの中に隠すナナミ。
いなり寿司は口の中に入れるが、入りきらない

シンドウ  え、今!?
ナナミ   食べたくなっちゃって・・・(もごもごしてる)
シンドウ  そんなにいなり寿司好きだった?
ナナミ   ・・・(口がいっぱい)
シンドウ  おれももらおうかな(最後の一個を取ろうとして)
ナナミ   !!!(阻止する)
シンドウ  そんなに好きだった?ほんとに?
ナナミ   ・・・(口がいっぱい。)
シンドウ  腹減ってたのな。ごめんな、気付かなくて。
ナナミ   (首を振る)
シンドウ  早く会いたかったの?
ナナミ   (うなずく)
シンドウ  飯食う時間削るぐらい?
ナナミ   (うなずく)
シンドウ  かわいいじゃん(抱き上げる)
ナナミ  ああー!(本が落ちそうで慌てる)

本のおさまりを整えるナナミ。
シンドウ、後ろからナナミを抱きつつ窓辺に立つ。

シンドウ  (まっすぐ窓の外を見ている)会いたいって言ってくれて嬉しかったよ。
ナナミ   そうですか?
シンドウ  あんまりそっちから言ってくれることないじゃん?
ナナミ   言っていいのかなって思うから。
シンドウ  言うのは良いんじゃない。
ナナミ   良いんだ。
シンドウ  良いよ、嬉しいよ。
ナナミ   じゃあ・・・考えるのは?
シンドウ  ん?なにを?
ナナミ   なんでしょう。

     シンドウの腕をほどくナナミ。

ナナミ   寒いんで。お風呂、入ってきます。(歩き方が変)
シンドウ  いいよそのままで。2時にはタクシー乗らなきゃ。

     間。
     手を伸ばすシンドウを制するナナミ。

ナナミ   シンドウさん、もうやめましょ、会うの。
シンドウ  え?
ナナミ   終わりにしましょう、こういうのは。
シンドウ  あ・・・え?
ナナミ   いままでありがとうございました。
シンドウ  え、ちょっと待って何?どうした?
ナナミ   ・・・時間が、もったいないかなって。あたしももう、そろそろいろいろ。
シンドウ  そうか、それは、そっか。

     沈黙。
     窓辺に手をかけ、神妙に外を見るシンドウ。
     その背後で静かにポーズをとっているナナミ。
     以下、ナナミはポーズを変えたり整えたりしながら。

シンドウ  ナナミとこんな風になったのって、いつからだったっけ?
ナナミ   夏、でしたよね
シンドウ  懐かしいな。ナナミ、海に行きたいって言ってた。
ナナミ   行けませんでしたけどね。
シンドウ  どこにも連れてってあげられなかったな・・・。
ナナミ   いいんです、そんなこと、あなたに求めてなかったもの。
シンドウ  ・・・いい人できたんだ?
ナナミ   まだ。これから探します。
シンドウ  嫉妬するな、それは。

     ポーズに力が入るナナミ。

ナナミ   嫉妬?
シンドウ  ナナミが他の男といたら、おれ嫉妬するよ
ナナミ   ・・・シンドウさんより好きになる人、いないと思う。
シンドウ  でも、見つけなきゃ。
ナナミ   いないよ、シンドウさんより素敵な人なんて、どこにも。
シンドウ  ・・・。
ナナミ   「シンドウさんがいてくれたらいいな」って、思うよ。
シンドウ  うん。
ナナミ   でもシンドウさんは、二時になったら帰っちゃうんだよ・・・?

     振り返るシンドウ。ナナミを引き寄せる。

シンドウ  ナナミ、
ナナミ   はい!

     ナナミのスカートの中から落ちる本。
     シンドウ、気付いて拾い上げる。

アパートの部屋。
ワインを飲んでいるリツコとコウヘイ。

リツコ   うん、子どもみたいな人だったでしょ?昔はね。私に対しても、そう。キラキラした目で、こっち見るの。そういう人といるとね、まるで自分が、自分たちが、なんていうか、特別に、面白い人間なんじゃないかって気になってくるの。
コウヘイ  うん。
リツコ   ほんとはなんてことないのにね。私も、彼も、普通の、退屈な人間なのに。
コウヘイ  退屈ってことはないよ。
リツコ   あるのよ。結婚してから、それがわかったの。私は退屈な女だし、彼は退屈な男だった。だから、一緒にいる時間が、息苦しいの。
コウヘイ  ・・・・。
リツコ   退屈が、いちばん怖いよ。
コウヘイ  ・・・(ワインを飲み干す)
リツコ   (過剰に反応)え!コウちゃんもしかして、
コウヘイ  怒ってないよ、怒ってない。
リツコ   退屈?退屈だよね。あー、やっぱあたし退屈なんだよ、奥さんとしても、女としても。だから浮気されちゃうんだよね。
コウヘイ  リツコのせいじゃないって。主婦としてもちゃんとやってるし、女としてだ って、充分魅力あると俺は思うよ?
リツコ   そんなことないよ、だってわたし貧乳だもん。貧乳でしょ?
コウヘイ  え、いや、別に貧乳じゃないよ・・・。
リツコ   でもBカップしかないよ?それって世の中的には貧乳でしょ?ね、貧乳って言ってあたしのこと。
コウヘイ  ええ?
リツコ   ひんにゅう。わかる?貧しい乳。
コウヘイ  漢字はわかるよ。
リツコ   ほんとのこと言って。リツコは貧乳です。ハイ!
コウヘイ  ハイ!って。
リツコ   リツコは毛深くて嫉妬深い女です。ハイ!
コウヘイ  関係ないだろそれ。
リツコ   だってきっとあの女の人はつるつるよ。私なんてボサボサ。ボサボサなうえに嫉妬深いの!わかる?書ける?嫉妬って。左側に女って書いてね、右側にこう、右側がもやもやって・・・コウちゃん書ける??
コウヘイ  書けるよ。
リツコ   え?・・・リツコは嫉妬深いのに漢字も書けない無能な女です。ハイ!
コウヘイ  やめとけって。
リツコ   リツコは不倫相手の女性よりも愛情の足りない女です!ハイ!
コウヘイ  おい、
リツコ   だって、あの女の人、きっと旦那のことすっごく愛してるんだと思うの。そういう顔してるもの。(双眼鏡を覗く)
コウヘイ  ・・・・顔でわかるの?
リツコ   わかるわよ、ずっと見てれば。

    双眼鏡に集中しているリツコ。
コウヘイ、リツコの足元に捨てられたティッシュを片付け始める。
全部拾うと、しばらくそれをじっと見て、パーカーのポケットにそっとしまう。
リツコの後姿を凝視しているコウヘイ、やがて。

コウヘイ  見てればね。ああ、ずっと見てれば、わかるな、確かに、顔で。お前さ。
リツコ   ん?
コウヘイ  ほんとはすっごい気持ちいいんでしょ。いま。
リツコ   ・・・え?ごめんちょっと何言ってるかわかんない。
コウヘイ  旦那の浮気見て気持ち良くなるって、おれも全然わかんない。

     間。

リツコ   なあに?
コウヘイ  大学んときさ、講義中にお前のカバンに生卵入れられた事件あったじゃん。あれ、お前自分でやったんでしょ。
リツコ   え??ちがうよ、あれは誰か後輩の嫌がらせだって話になったじゃない。
コウヘイ  でもお前、その日生協で生卵のパック買ってたでしょ。俺知ってるよ、ずっと見てたから。
リツコ   卵は、卵は食べたかったから買ったんだよ?それを見てた誰かが・・・
コウヘイ  あと、みんなで海にいったときも、サメがいる!とかいって散々騒いで溺れそうになってたけど、あれも嘘でしょ。
リツコ   嘘じゃないよ!騒ぐでしょ、サメがいたら普通は!
コウヘイ  でもお前、本当は足攣って溺れかけただけだったでしょ。それをサメのせいにしたんでしょ。俺知ってるよ、ずっと見てたから。
リツコ   それは・・・・・え?
コウヘイ  知ってるよ、いつもずっと見てたから。

       リツコをじっと凝視しているコウヘイ。
       
リツコ   あ、あたし帰る・・・!(部屋を出ようと)
コウヘイ  (引き留めて)旦那と別れたいって言うのも、嘘でしょ?
リツコ   嘘じゃないよ!
コウヘイ  証拠集めてるっていうのも嘘でしょ。
リツコ   コウちゃんおかしいよ、酔っぱらってるの?あたし、今浮気されてるんだよ、あそこで!
コウヘイ  それも嘘でしょ。浮気ごっこ。
リツコ   嘘じゃないってば!なんでそんなことで、私が嘘つかなくちゃいけないの?
コウヘイ  退屈だから。
リツコ   え?
コウヘイ  お前が、なんてことない、普通の、退屈な人間だからだよ。
リツコ   ・・・・・・。
       
ホテルの部屋。
       黄緑色の本をじっとみているシンドウ。

シンドウ  これは・・・ちょっと意外だったな・・・
ナナミ   あの・・・シンドウさん、私も意外でした。
シンドウ  正直に言ってくれたってよかったのに。強がって。
ナナミ   恥ずかしくて。でも、こんなことならもっと早く話せばよかったです。そうしたら今日の月齢2.5まで待たなくっても、もっと早く始められたのに。
シンドウ  え?

       ナナミ、窓辺に駆け寄り、

ナナミ   ジンバラバッチャペレロンチョチョンソス!
シンドウ  え?!
ナナミ   ジンバラバッチャペレロンチョチョンソス!
シンドウ  えええ!?なに!?
ナナミ   (嬉しそうに)まじないでしょ?決まってるじゃないですか!
シンドウ  ちょ、ちょっと落ち着けって
ナナミ   シンドウさんは落ち着いていられるんですか?
シンドウ  大丈夫だよ、ナナミが意外と占い好きだって知っても、俺は・・・
ナナミ   占いじゃあありません、セバスチャーニオはまじないです!シンドウさん、そんなことも知らないんですか?
シンドウ  うん、ごめん知らなかったよ・・・
ナナミ   もっとちゃんと勉強しないと!
シンドウ  すいません。
ナナミ   じゃあいきますよ。ジンバラバッチャペレロンチョチョンソス!
シンドウ  え?
ナナミ   (唱えてごらんよ、という顔)さあ!ジンバラバッチャペレロンチョチョンソス!
シンドウ  いや・・・
ナナミ   ええ、もしかして覚えてないんですか?準備不足っ・・・!
シンドウ  覚えてないっていうか、俺は・・・
ナナミ   じゃあいいですよポーズだけでも。今日は月齢2.5ですから。どうぞ!
シンドウ  どうぞって・・・。
ナナミ   今更いいですよ、見栄張らなくても、ほら!(ポーズをやってみせる)
シンドウ  え、あ・・・それ!?
ナナミ   さあ!
シンドウ  ああ・・・(しぶしぶやってみる)
ナナミ   いい感じですよ!そのまま願って願って!
シンドウ  願ってって・・・

      シンドウ仕方なく願っている真似。
      息を殺して、辺りの様子を伺っているナナミ。特に何も起こらない。

ナナミ   ・・・・なんて願ったんですか?
シンドウ  え?・・ええと・・・あの、雨、雨が降りますようにって。試しに?
ナナミ   (窓辺に駆け寄るが)降ってない。即効性抜群のポーズって、書いてあったのに・・・!

    本を必死に捲るナナミ。

シンドウ  ナナミはどんなこと願うの?
ナナミ   え?・・・ひどいことですよ。
シンドウ  ひどいこと?
ナナミ   口にはとても出せないような、えげつない、自分勝手な、ひっどいことですよ。誰かの幸せがぼろっぼろに壊れてしまうような。
シンドウ  そんな願いがあるの?
ナナミ   あるでしょ、誰でも。考えてるでしょずっと。シンドウさんだって。
シンドウ  おれ?
ナナミ   あるでしょ、人に言えないような、自分勝手な、ひっどいこと。
シンドウ  なんだろ。
ナナミ   あたしにも絶対言えないようなこと、あるでしょ?

       間

シンドウ  ・・・・やっぱり、でたらめなんじゃないのかな、セバスチャーニオ。ね?
ナナミ   は?セバスチャーニオのことを悪く言わないでください!セバスチャーニオだっていろんなこと我慢して、一生懸命あんな毒々しい色の布被ってるんですよ?シンドウさん、そういうセバスチャーニオのこと考えたこと一回でもあるんですか?
シンドウ  なんでそんなに肩持つんだよ・・・
ナナミ   肩なんて持ってませんよ。好きな人といるのに、毎回毎回あんな気色悪い布被ったおばさんの顔見せられてるあたしのことは考えたことあんのかっていってるんです。
シンドウ  ・・・・。
ナナミ   でたらめかもしれませんけど、ほら、ここに書いてある!3秒で願いが叶う即効ポーズって!毎回ここであの顔見てたら信じられるような気持ちにもなりますよ。セバスチャーニオの呪いにすがりたくもなるんですよ。

       ナナミ、ポーズをとって願い始める。ときおりシンドウの様子を確認しては、繰り返す。

シンドウ  ・・・(窓の外をちらりと気にする)
ナナミ   あたしいますっごいひどいこと願ってますから。奥さんから電話がかかって きて、ひどい罵られ方して、シンドウさんがずたぼろになって、それで
シンドウ  いいよ、願っても。
ナナミ   ・・・
シンドウ  なんでも願いが叶うんでしょ、願えば?
ナナミ   ・・・・
シンドウ  (小さく)なんでもいいよ、この退屈が埋まれば・・・。

電話のベルの音。

ナナミ・シンドウ    ・・・・・!!!!

     アパートではコウヘイに奪われた携帯を取り返そうとしているリツコ

リツコ   ちょっと!返して!ダメだよ!
コウヘイ  なんで?別れたいんでしょ?嘘じゃないんでしょ?じゃあ今すぐ電話して離 婚すれば?(リツコの体を押さえつける)
シンドウ  電話鳴ってる!
ナナミ   え?嫁?嫁?
シンドウ  まさか!(携帯を取り出している)
リツコ   コウちゃん!
コウヘイ  リツコ!
リツコ   返して!
コウヘイ  俺と結婚しよう!
リツコ   ええ?
シンドウ  嫁!
ナナミ   うそお!
コウヘイ  俺だったら退屈させない。普通に家買って、普通に車持って、普通に子ども作って。ほんとに大切にする。

     雨が降ってくる音。

コウヘイ  そういうことだと思うよ、なんか、退屈じゃないことって。
リツコ   ・・・
ナナミ   雨?
シンドウ  雨?雨?
ナナミ   雨!!
シンドウ・ナナミ  セバスチャーニオこええよ(すごい)!
コウヘイ  ねえ、でもお前たちのは、嘘じゃん。だから何か事件がないと退屈で退屈で息苦しいんだよ。お前も、あいつも。
ナナミ   出て!シンドウさん電話出て!
シンドウ  出ないよ!
ナナミ   ジンバラバッチャペレ・・・
リツコ   嘘じゃない。
コウヘイ  嘘でしょ。浮気ごっこも、覗きごっこも。ほんとに楽しいの?わざわざ毎回同 じホテルの部屋とって、不倫現場のぞかせる旦那と、証拠集めるふりして友達の部屋で旦那の浮気覗く女房って。
ナナミ   シンドウさんが電話に出ますように!(さっと着信してしまう)
シンドウ  ああ!
ナナミ   セバスチャーニオすごい!
シンドウ  今のは!

     しばし携帯を見つめるナナミとシンドウ。

コウヘイ  すごいな。それほんとに退屈しないの?悪いけど、その夫婦関係終わってるよ
リツコ   ・・・・・
コウヘイ  あ、出た、出たよ、終わってる旦那。
リツコ   (独り言のように)終わってない・・・
コウヘイ  もしもーし・・・
リツコ   終わってねえんだよ・・・・

観念したように耳に当てようとするシンドウから、ナナミが携帯を奪う。   

コウヘイ  もしもし・・・
ナナミ   もしもし、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、あのいま、会社の付き合いで、お酒飲んでて、シンドウさん酔っぱらってるので電話でられないんです、シンドウさん優しいから、いつも断らないから、わたしのせいなんです、飲ませちゃったんですたくさん、ごめんなさい・・・シンドウさん悪くないんです、だから罵らないであげてください、シンドウさんのこと捨てないであげて、お願いします、今まで通りでいいんです、お願いします、捨てないで。捨てないで。捨てないで・・・・

リツコ   ・・・なに?
コウヘイ  あ、ごめんなさい、こっちもそんな感じで、大学のときの友達で飲んでててふざけてかけちゃいました。酔ってて。すいませんなんか、ほんと、酔ってて。ほどほどにしないとですよね、お互いに。あ、窓、早く閉めたほうがいいですよ。それじゃ。

コウヘイをじっと見つめているリツコ。
リツコを押さえていた手を離すコウヘイ。部屋から出ていこうとする

リツコ   どこいくの?
コウヘイ  ・・・ワイン、もう一本ぐらい飲むでしょ。
リツコ   え?
コウヘイ  たまには金使わないと。余ってるから。

コウヘイ出ていく。

呆然としているナナミ。

シンドウ  なんて?
ナナミ   なんか・・・・窓閉めたほうがいいよって。
シンドウ  まど?
ナナミ   ・・・いや、わかんない、すぐ切れちゃった。(窓を閉めようとして)雨、もう止んでる。
シンドウ  (それを制して)ほんとだ。
ナナミ   窓・・・?

     ナナミ、窓の外を見、それからシンドウを見る。
     間。

ナナミ   シンドウさん、私、やっぱり・・・
シンドウ  ・・・
ナナミ   誕生日は、ふぐ行きたいです。
シンドウ  そう?良かった。絶対行こう。
ナナミ   お風呂、入れなおしてきますね。

     ナナミ退場。
     窓の外をぼんやり見ているシンドウ。
     双眼鏡を覗いているリツコ。
     やがて、リツコがゆっくりと宙に手を伸ばす。
     呼応するように、リツコの姿は見えていないはずのシンドウも手を伸ばし始める。リツコは少し驚くが手を伸ばすことをやめない。
二人は腕を伸ばし続ける。
     やがて、ふっと笑い出す二人。笑い続ける。
    
     別空間にコウヘイ。夜道。ワインの袋と傘を持っている。

コウヘイ (見上げて)変な月・・・笑ってんじゃねーよ。

     暗転。
     


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