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映画「レッド・ロケット」 コメディーだったんだろうか


□石油コンビナート

タンクトップ姿でスマホだけ持ってテキサスに帰って来た元ポルノ俳優のマイキー。

別居中の妻の実家に転がり込んで、意味のないことをご陽気にまくし立てる。

 俺はAV界のアカデミー賞にノミネートされたぜ
 大勢のフォローワーがいるんだ
 オレがこの家を直すよ、大丈夫オレが守る

妻の女物のシャツを着て、そこらじゅうを自転車でうろつく。

ここまでクズな男はあまり見たことがない。

全編通じて彼は一片の思いやりも、自己嫌悪も、ニヒリズムも見せない。

でも男根は見せる。
全裸で無修正でブランブランで街を疾走する。

愚かなマイキーと笑ってもいいのだけれど、なんだか虚しい。

この廃れた街は石油コンビナートが支配する。
クズ男の背景にはいつも煙が立ち昇る。
無機質なパイプや鉄塔を剥き出しにした建造物が人間を見下ろしている。

どこにも行けないクズと巨大なコンビナート。
この対比は人間をすごく哀しいものに感じさせる。

マイキーは愚かだが、別段彼だけが愚かなのではないのだと思えてくる。


□2016年大統領選挙

テレビからトランプの騒々しい演説が聞こえる。

しかし誰も聴いてはいない。

マイキーはマリファナを売る。
ドーナツショップのもうすぐ18歳の店員を口説く。
隣人の青年相手に「オレはまだやれるぜ」と酔う。

「偉大なるアメリカを復活させる」というトランプの言葉が上滑りする。

この乾燥した大地ではアメリカンドリームは枯れ果てている。

人間は小さくみすぼらしい。
金と飯とセックスしか考えていない。

マイキーを観ていて「人はパンのみにて生きる」という言葉が浮かんだ。

この街は夢なんてとっくに見られなくなっている。

□犬は見ていた

監督のショーン・ベイカーは「人生はユーモアに満ちている」ということを描く。

それと同時にマイキーを通じて”セックスワーカー”の実態を提示する。

マイキーはポルノ俳優であり、若い女性を引き込むスカウトでもある。

搾取された者であり、搾取してきた者である。
ふたたび少女を相手に搾取しようと試みている。
だが彼は搾取に関しての自覚すら持っていない。

ドーナツショップの魅惑の少女。
彼女をポルノ女優にして再浮上を狙う。

40男が10代の少女を誘惑できるかと見ていたら、実は彼女の方が肉食だった。

マイキーと危うい魅力の少女のセックスシーン。
それをどんな気持ちで観ればいいのか客席は試される。

お前はマイキーを笑えるかと語りかけてくる。

お前のその卑猥な好奇心。
お前のその脆弱な倫理感。
お前のその漠然とした物悲しさ。

そんなだからお前もどこへも行けないんだ。

妻の家には犬がいる。
マイキーを批判しないし、同情もしない。
犬はただ人間を見ている。

セックスのあと、素晴らしい乳房を露わにしたまま少女はエレクトーンを弾いた。

美しい肢体と美しい顔と美しい歌声に釘付けになった。

自分だって賢くなく、有害で、夢も見られない。
マイキー同様にこの閉塞からどこにもいけない。

これはコメディーだったんだろうか。


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