ある先生の話①
私がまだ講師をしていた頃、ゴールデンウィーク明けから学校に来なくなった先生がいた。仮にA先生と呼ぶことにする。
先生には2種類ある。本採用=教諭 臨時採用=講師
やる仕事はほぼ同じだが、待遇面は大きく差があり、教諭は滅多なことでクビになることはないが、講師は1年ごとの更新で、そのたびに履歴書などの書類を書いて提出し、連続雇用を避けるために年度末は強制的に5日間ほど解雇され、いきなりその月だけ国民年金に加入となる。(※当時はそうでした。自治体にもよります)つまりリセット。そして、前年度どんなに頑張っても、次年度は講師を必要とする学校がなければいきなり無職になる。
A先生は「教諭」だった。A先生が1年生の担任だったため、副担任の私がA先生がいない間は担任代理となった。A先生はしばらく来ては休み、来ては休みを繰り返したあと、1か月単位で病休をとった。
良く覚えていないけど、確か3か月とか半年とかの、まとまった期間以上の病休申請がないと代替え講師を雇えないので、私や主任が主にその先生の穴を埋めた。
家庭科の先生だったが、年度末が近くなって、A先生が1度も調理実習をしていなかったことが分かった。その時には、A先生は完全に来られなくなっていたので、生徒から実習費を回収している手前、誰かが調理実習をやらなくてはいけないという話になった。
そして、教務主任、学年主任、私の3人で分担してやることになった。
私には英語の免許しかないが、「免許外の科目(免外)を教えてもいい」という、やむを得ない特別な事情の時に発動される仕組みが学校にはある。
当然のことながら、家庭科なんて教えたことなどなかったけど、一応、長年の主婦の経験がある。確か、ムニエルとグラタンだったかな?教科書に丁寧なレシピも載っているし、材料の仕入れなどは教務主任(教頭先生の次に偉い人)がやってくれたので、「割と面白いかもしれない」と思った。もともと楽天的な性格で、予想外の事が起こるとワクワクしてしまう厄介なタイプなのだ。
「レシピとは違うけどこうした方が失敗しない」という、主婦の知恵なんかも伝授しながら楽しく調理実習は始まった。
ところが現実は甘くなかった。包丁を使ったことのない生徒が包丁で手を切る事件が続出。何人保健室送りにしただろう・・・。幸い大けがには至らなかったし、素直な生徒たちだったので、深刻な事態に至ることもなく、なんとか無事に調理実習は終わったが、「調理実習をするって大変だったんだなあ」という事が改めてわかった。
なんでもやってみないと分からない。
その年、2014年度、私は自分の息子が大学受験という大変な年だったにもかかわらす、自分の仕事+A先生の仕事で、やってもやっても仕事が終わらない状態が続き、毎日夜の9時10時まで残業という日々だった。しかしその時はまだ体力があった。40代の働き盛り。33歳で初めて教職についてから、紆余曲折があり、ようやく教員の仕事を「面白い」と思えるようになっていた。
しかし、2014年度が終わった2015年の3月。当然更新されると思っていた私の講師申請は非更新となり、突然、講師の職を失った。
学校には予算があり、生徒数に応じて教員の数が決められている。講師の数も同じく決まっており、震災加配(震災後のケアのための加配)の講師枠が打ち切られ、英語の講師2人を1人に絞らなければならなくなったためだ。
もう一人の講師は若い先生で、その年担任を務め、司書の免許も持っていた。「司書の免許があるから」という理由でその先生を選んだ、と校長は私に説明し、「申し訳ない」と言った。
しかし、私は思った。その若い先生は、私のように講師のくせに生意気に校長や教頭に反抗することなく、どんな仕事も文句も言わずに引き受ける素直な先生だったので、上から見たら使いやすかったのではないかと。
次男が県外の私立大学に進学することになっていたそのタイミングで職を失うことは死活問題だった。私は校長に「なんとか続けさせてほしい」と懇願し、学年主任も頼んでくれたが駄目だった。私は失望した。A先生の分まで頑張ったのに、どんなに頑張っても所詮、講師は「使い捨てなのか」と思った。頑張ってきた自分を否定された気分だった。
A先生も恨んだ。A先生は教諭だから、どんなに休んでも次の年に職を失うことはない。言い方は悪いが、何食わぬ顔でまた復帰できるんだろうな、と思った。
その時はA先生がどれほど辛かったか、私には全く理解できなかった。A先生のせいで犠牲になっているという気持ちが強かった。
でも、自分が鬱になって初めて、A先生の気持ちを理解した。A先生も辛かったんだなあ、と今ではそう思う。その時の私はA先生に対して優しい態度で接したり、A先生の体調を気遣う声掛けをしていただろうか?多分できていなかったと思う。
この時の挫折が、のちに私の運命を、思いもよらなかった方向に大きく変えていく事になるが、それはまた次回。
今日も読んでくださり、ありがとうございます。
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