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   第3話 ワインの原産地

(2017年6月5日、第8話として公開。2021年12月9日、note に再掲。)

 ワインといえば、フランスを筆頭に欧州、カリフォルニア、チリ、豪州、南アフリカ等を思い浮かべる方が多いと思いますが、昨今のEPAによる関税引下げの恩恵を受けた割安感のあるチリ、豪州の外国産に加え、国産ワインも手頃な値段で気軽に手に入るご時世になりました。ワインとなると目の色を変えて蘊蓄を披露される紳士淑女が多数おられることはよく存じております。本稿でワインの原産地などを語ろうものなら、底の浅い知識が透けて見えて、嘲笑の対象となるかもしれませんが、WTO非特恵原産地規則の調和作業での技術的観点からの、激烈、かつ、情感豊かな論争を紹介するにとどめますのでご容赦いただければと思います。

 WTO原産地規則技術委員会におけるワインの原産地の議論は、大雑把に分けると、昔からのワインの作り方を維持し、こだわりのワインを提供している地域を多く抱える国・地域と、良質・安価な外国産ワインと国産ワインをブレンドして、消費者の好みに適合した味にして提供している国に分けられそうです。前者を代表するのが欧州であり、後者には我が国も含まれます。

 欧州の主張によれば、「ワインの品質はブドウ次第。ブドウの品質は作付地の土壌と気候とによって決定され、そのブドウの品質がワインの品質を決定する。したがって、ワインの原産国はブドウの原産国であるべき」とのこと。一方、我が国等の主張は、「ブレンドは単なる混合ではなく、ブレンダーの経験と技術に依拠した高度な加工工程であって、消費者の好みを反映させ、高品質かつ収穫年によってブレのない均質なワインに仕上げるもの。完全生産品のワインであれば、ブドウの原産国がワインの原産国となるのは至極当然であるが、ブレンドしたワインについては、ブレンドした国こそがワインの原産国たるべし。そもそもワインはブドウを発酵させて生産されるもので、ブドウとワインは全くの別の物品である」との主張でありました。欧州提案が、原産地表示の管理が厳格な地理的表示(Geographical indication: GI)の発想からの提案であったのに対し、日本等はテーブルワインの生産を想定しての提案でした。

 地理的表示として、ボルドー産のワインしかボルドー・ワインと呼称してはならないという議論は、それなりに説得力がありますが、国際貿易におけるモノの「国籍」としての原産国を決定する際に、欧州提案の「原産ブドウからワインを生産した国がワインの原産国」というのは、ブドウを輸入してワインを醸造する場合にも、輸入バルク・ワインをブレンドしてワインを生産する場合にも、原産国が決定できないルールとなってしまいます。1990年代後半の技術的検討での議論では、そもそも、輸入したブドウでワインを作ることなどありえない(あってはならない)との極論を述べるワイン「専門家」がおられました。そこまで、文化的に深く根付いたワイン製造が他国に尊重されないこと自体に立腹していたのでしょうか。

 ブレンドといっても、特定国産のバルク・ワインを容量比で何%使用するかということは常に決まっている訳ではなく、数多く存在するオプションの中からブレンダーがブレンド比を決定するとの説明がなされ、例えば、使用された材料のうち原産国別に容量ベースで最大の材料供給を行った国としてしまうと、同じメーカーの同じブランドのワインが年によって原産国が異なるような事態が生じてしまい、ワインボトルへの原産国表示の問題、輸入国における特定原産国への貿易制限等、安定的な貿易の継続に支障をきたすおそれがあるとの主張がありました。とはいえ、何を「ブレンド」とするかの定義の問題でもありますが、原産ワインの使用がブレンド比において極めて限定的にしか行われず、事実上、非原産バルク・ワインのボトルへの詰め替えに近いようなものまで「ブレンド」国を原産地としてよいのかという強い疑問も出されました。

 ご想像のとおり、本件は技術的な観点から議論するブラッセルでは決着が付かず、政策的観点から議論し、決定するジュネーブに送付されました。ワイン「哲学」を異にする者の間での議論において、一方がその「哲学」を曲げてまで他方に妥協することは、まず困難です。結論を出すためには、交渉全体が終結に近づき、外部的要因により何らかの「足して二で割る」的な妥協案を無理やり呑ませることしか方法はありません。このような背景から、議長のパッケージ提案が出されるまでには長い時間を要しました。

 WTOの議長最終提案は、以下のとおりです(最終提案であって、コンセンサス合意による規則ではありません。)。プライマリー・ルールとレジデュアル・ルールについては、連載中の「検証 WTO非特恵原産地規則調和作業」で詳しく説明しますが、ここでは要点だけ述べておきます。通常のボトルワイン(第2204.21号)に適用される品目別原産地規則は、「項変更」(プライマリー・ルール)であることから、ボトルワインの原産国は非原産のブドウ搾汁(第20類)から発酵を経て、ボトル詰めを行った国となります。非原産の生鮮ブドウから、搾汁、発酵、ボトル詰めまでの工程を行えば、当然のことながら、原産性を与える行為となります。したがって、バルク・ワインの混合はプライマリー・ルールにおいては原産性を与える行為とはならず、レジデュアル・ルール(注)で原産国決定を行うことになります。

(注) WTO調和非特恵原産地規則の品目別原産地規則(案)には、関税分類変更基準をメインとするルールがプライマリー・ルール(第一順位としての規則)として設定されますが、そのプライマリー・ルールを満たさない場合に、最終的に原産国を決定するルールがレジデュアル・ルールです。また、レジデュアル・ルールには、HS類別に規定される類別のレジデュアル・ルールと、その類別のレジデュアル・ルールすらも満たさない場合に適用される、最終レジデュアル・ルールがあり、どのような生産工程を経た物品であっても必ず原産国が決定できるようになっています。

徒然3 表1 (2)

【第22類のレジデュアル・ルール】 (仮訳) 

  1.  第22類に適用されるレジデュアル・ルールにおいて、「混合」とは意図的かつ均質的に管理された、二つ以上の同一又は異なる代替可能な材料を一緒にする作業である。

  2.  この類の物品の混合物の原産地は、混合物の重量の50%を超える材料の原産国とする。しかしながら、ワイン(第22.04項)、ベルモット(第22.05項)、蒸留酒、リキュール、その他のアルコール飲料(第22.08項)の混合物の原産地は、混合物の容量の85%を超える材料の原産国とする。原産地が同一である材料の重量又は容量は、一緒のものとして取り扱う。

  3.  求められる百分率を満たす材料がない場合には、混合物の原産地は混合が行われた国とする。
    (注) 原文(英文)では、1から3までのレジデュアル・ルールは[ ]書きになっている。

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