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あのこと。

L’événement というフランス映画をみてきた。邦題は「あのこと」。
もとのタイトルもシノプシスも読まずに観に行ける時間帯で選んだので、てっきり「あの子と」かと思ったら、「あの事」だった。すごく良いタイトル。

中絶がまだ違法で刑務所行きだった60年代。妊娠してしまった将来有望な文学科の女子学生が、自分の人生を選択するために酷い不条理や危険を強いられながら中絶を成功させる12週間のお話で、アンヌ・エルノーという作家の自叙伝的小説をもとにした映画。こんにちアメリカで起きていることなどを考えれば、とても見過ごせない大切な質問を投げかけていた。

2022年とは思えないほどまだまだ家父長制の強すぎる日本では、どう捉えられるんだろう。

相手の男子学生はそのまま日常を問題なく送り、女性だけ自分で解決しなければならない。助けを求めに行った先の産婦人科では中絶は違法だからと門前払いされそうになったあげく、中絶の薬と見せかけて流産防止の注射を処方され、相談した男友達からは言い寄られ、女性の友人たちからは距離を置かれ、授業に身が入らず進級が危うくなるほど成績が下がり、教授からは問いただされ、自力で熱した棒を子宮に入れるも胎児は生き延び、相手の男性に相談に行くも手立てもない上、相手が気にするのは友人にバレないかどうかばかり。ようやく友人づてで紹介された違法の中絶も成功せず、命の危険を冒して再度同じ中絶師のもとでトライし最終的にトイレで血まみれになりながら胎児がおりる。

主人公の辛さをスクリーン越しに体験しながら、パリ時代に同居でお世話になった女性のことを思い出していた。まさしく同じような体験を話してくれたことがあった。便器の中、血まみれの胎児。そのお話が頭にこびりついていた。

ソルボンヌで30年以上哲学を教えてきた女性で、40冊ほど書籍を出している。当時はとあることで嘘を吐かれたこともあり、気が合わないと思って苦手に感じていた。同居自体も良い終わり方をしなかった。引越してからも食事に招待してくれたりしていたけれど、自分の中であまり最高の思い出としては残ってはいなかった。

ただ今回の映画を観たおかげで、彼女が自分の手で何を選択してきたのか、家父長制がまだ強かった当時のフランスでその不条理さに屈する事なく、いま彼女が社会的にも自己実現という側面でも成功している裏側に何があったのか、少しだけ理解できた気がした。彼女からのFBメッセージをふんわりスルーしてしまっていた自分の軽率さを恥じた。私自身が中絶を経験して、ものごとの見方がすこしずつ変わったからというのも昔とは異なる目線で彼女を理解しようとできる理由かもしれない。

メッセンジャーで彼女に連絡すると、あたたかいメッセージが返ってきた。13年ぶりくらいに長々とチャットした。83歳の彼女はいまも、詩を出版し、絵を描いているとのこと。最近お気に入りという日本の詩家も教えてくれた。吉増剛造さん。さっそく読んでみよう。いくつになっても新たなものに触れ、自らもアウトプットを続けている彼女を尊敬する。私もこうありたい。

1週間にわたるカナダ局の撮影がきのう終わり、昨日はかなり重要な4試験のうちの最後を終えて、今日は自分へのご褒美映画だった。疲れが溜まって体調が崩れつつあるなか行ってよかった。思いがけず奮い立つ映画を、ありがとう。という気持ちで眠りにつきます。

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