かけるのMVのゆず、「ゆず」説(結構な自己解釈)

①はじめに

この前LANDの自己解釈「ココロファクトリー、ブラック工場説」を出したが、今回はあれほど根拠がない。こうだったら良くない?とかこうであってほしいな〜とかそういう妄想成分が多い。私の想像の上に解釈を乗せたりもしている。とはいえ考えるのは楽しいのでこうなった。皆も考えよう。

②大前提

世界設定くらいYouTubeの概要欄とかに書いといてほしい(愚痴)が、書いてなかったのでこれを参照した。→ https://www.billboard-japan.com/d_news/detail/29624/2
序盤の文章を引用する。

MVの舞台は2025年の東京・渋谷。2020年のオリンピックを機に、街の看板や標識から“文字”が消え、すべてが数字と記号だけで表される管理社会で、文字が書かれた本やDVDを密かに隠し持ち、仲間と共有する“runner(逃亡者)”と呼ばれる人々がいた--という設定のもと物語が進行する。

billboard JAPANより(2015/07/02)

2020年のオリンピックと聞いてちょっと思う所はあるが、まあとにかくこのMVはこういう話である。
主人公は「少女A」という。なかなか味のある名前だ。誰でもない多の中の一、中森明菜さんの歌(「歌」も文字として奪われているはず)、「あ○○」という名前だったのに文字を奪われてAと名乗るしかなくなった少女。色々な想像ができる。
しかし少女Aに関しては今回の主題ではないので置いておく。今回はヒゲが生えた北川さんと、あまり変わらない岩沢さんの話をする。彼らがなぜ別々の紋章を持って、ビルの屋上で、2人きりで、現実世界のゆずと同じように歌ったのかを考えたい。

③2人の来歴

runnerには2種類いる。

まず、少女Aと北川さんが該当する「右手に紋章があるrunner」。あの紋章が手にある人は、MV最後の渋谷ジャック計画(名付け:私)に参加していたと思われる。つまり組織的かつ積極的に文字を取り返そうとしているrunnerだ。紋章の模様は組織のシンボルマークでもある。

そして、岩沢さんだけが該当する「左手に紋章があるrunner」。あまりにも情報が少ない。少女のいる組織には属してないんだろうな〜くらいの予想しかできない。
個人でrunnerをやっていて紋章はrunnerであることを示すだけなのか、それとも組織の外部顧問とか協力者的な感じなのか、とかは想像するしかない。この紋章をシンボルにしている別の組織に属しているという可能性もあるが、別の組織なんてMV中に影も形も無いのでおそらく個人のrunnerだろう。とにかく、このタイプの紋章がある人は岩沢さんしか確認できない。

(MVの最初に捕まったおじさんに紋章があるかの判断はつきにくいので今回は置いておきます。少なくとも左手にはないですが右手にあるかは分かりません。でも別に右手にあってもなくてもこの説の大勢に影響は無いです。ごめんおじさん)

つまり、少なくとも北川さんと岩沢さんは同じ組織の仲間ではない。そんな2人が一緒に歌ったのである。どういう関係性だ?なんで同じ組織に所属していない2人が一緒に歌っているんだ?と私は一瞬疑問に思ったが、この2人の関係性を私は既に知っていた。

そう、「ゆず」である。

MVの世界の年は遠い未来ではなく2025年。かけるの発表から10年後、今からは再来年だ。あの世界線であっても「ゆず」の活動期間と被る。
1997年にデビューして、夏色とか栄光の架橋とか雨のち晴レルヤとか人々に親しまれる曲をたくさん出して、BIGYELLも拍手喝祭もやって、YUZUTOWNのアリーナツアーだってやる予定だっただろう。あの世界線で実際にできたかは分からないが。
つまり、あの2人はある時点までは我々のよく知る「ゆず」だったのではないかと私は考えている。そんな「ゆず」が、ある時文字を奪われた。文字を奪われるというのは歌を歌えなくなるということだ。我々の愛する2人は、奇しくも“2020年”に自己表現の場を失ったのである。
とはいえ、2人とも歌い続けたいに決まっている。しかし、例えば隠れて細々とやっているのではできる音楽のバリエーションも限られるだろうし、根本的な解決にはならない。やはり体制そのものを変え、自由に歌える環境を取り戻さなければならないのだ。

④対抗策

まず、2人は顔が売れている。著名な2人が一緒に組織で活動したら目立つし、速攻で捕まりかねない。体制側からしたら確実に「この2人ゆずじゃん!絶対裏で何かやってる!怪しい!」ってなる。そこから芋づる式に組織のメンバーが全員捕まったら目も当てられない。
そこで、2人は別行動を取ることにしたのではないだろうか。北川さんは少女Aの属する組織に入った。岩沢さんは分からないが、どのみち音楽を捨てなかった。
この時に岩沢さんは組織と違う紋章を入れたのではないかと考える。「少女Aたちの組織には入らないが志は同じである」という意味でなのか、必要な時にすぐ北川さんと合流しやすいように目印として入れていたとかなのか。そもそも誰が岩沢さんの左手に紋章を入れようとか言い出したのか。この辺は分からないので各々で勝手に想像しよう。
では、「ゆず」が2人でビルの屋上で歌っていたのは何故か。
2人が歌っているシーンを見返してみる。最後のサビで少女Aは渋谷にメッセージを表示させ、文字を取り戻した。これは夜の出来事である。しかし、「ゆず」の歌唱シーンはずっと昼な上に、周辺の建物には数字だけが刻まれている。

つまり、少女A側の時系列と「ゆず」側の時系列は同じではない。「ゆず」は渋谷ジャック計画の実行より前に歌っていたのである。
そんな危険な真似をする必要があったとして、その行動になんの意味があったのか。
この推測は簡単だ。囮である

計画の完遂を前にして、組織の拠点が摘発された。少女Aはなんとか逃げられたが、他の人たちはまず全員捕まっただろう。つまり、この計画は既に綱渡りなのだ。であれば「ゆず」が囮になることも十分考えられる。顔が売れた歌手である時点で、人目を引くことには長けているからだ。だからわざわざ屋上に出て歌っていたのではないだろうか。
runnerの人数も少ないだろうに囮とは随分悠長だと思わなくもないが、北川さんの組織での仕事がその時点で完了していたのであれば問題なかったと思われる。再び憶測で申し訳ないが、この仕事というのはそれこそ「音楽」だと思う。そしてこの音楽とは、「かける」である。
この世界線の「ゆず」が2015年に「かける」を配信したかどうかで違うのだが、既に配信していれば「国民的歌手だった者として歌(「かける」などrunnerを勇気付けられるもの)を歌ってrunnerのモチベを保つ」がメインの仕事であり「かける」はrunnerのテーマソングにしていたのだろう。配信していなければ「渋谷ジャック計画の時に人々の心に訴えかけるのに使用する『かける』という曲を作る」がメインの仕事だっただろう。

楽器というのは少し弾かないでいるとすぐ指先がなまる。計画実行まで、二人ともギターを手放さなかったのである。

⑤おわりに

このMVの撮影にはドローンが使われていた。2015年7月時点では法の整備などが追いついておらず、当時のドローンは「手放しで褒められる技術ではなかった」と記憶している(違ったらごめん)。しかし、同様に法の整備が追いついていないAIを使ったSUBWAYのジャケット然り、「わざわざそんな技術を使ったのだからそこには意味がある」。そしてドローンを使った意味とは、「二人を発見し、まさに摘発しようとしている近未来の機械」の表現だったのではないだろうか。
MVの最後で、少女Aは警察官に取り囲まれて今にも捕まろうとしていた。まあ捕まっただろう。なお、「ゆず」はおそらくこの前に捕まっている。とはいえ1回文字を取り戻してしまえば後は2020年以前と同じ状況に戻るだろう。だから私はrunnerも皆釈放されるのではないかと考えている。
私がrunnerを素敵だと思うのは、暴力を使わなかった点である。まさに「ペンは剣より強し」の体現だ。体制側に訴えたのではなく人々の心に訴えたのは平和的であり、信念が見えて実に良い。
また、これはただの妄想だが、この「ゆず」も2020年に「そのときには」に近い曲を作っていそうな気がする。「ゆず」も絶対そういうことする。コロナ禍は2〜3年ほどで多分だいたい終わったが、文字が失われてから渋谷ジャックが発生して文字が戻るのに5年ほどかかった。我々にとってのHIBIKI初日は、この世界線だと2025年だろう。




補足 オリンピック

ゆずは国民的アーティストである。その所以は「栄光の架橋」だ。そして「栄光の架橋」は、2004年のオリンピックのNHKテーマソングとして世に出た。
つまり、ゆずにとってオリンピックとは非常に重要な存在である。それこそアイデンティティに関わるくらい。現実のゆずが「かけるのMVの設定におけるオリンピックがディストピアの始まりだ」と位置づけたのマジで何?という感じだが、それは置いておく。
では、「ゆず」を国民的アーティストたらしめていたオリンピックが今度はそのアイデンティティを奪った時、「ゆず」は何を思っただろうか。これも想像するしかない。


追記(2023/11/18)
note初心者なので最初のLAND解釈のURLを2回貼ったりしてました 直したので気にしないでください

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