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バッテリーを交換したかっただけなのに

最近、僕のiPhoneの充電の減りが異常に速い。朝起きた時は100%なのに、納豆をかき混ぜ終えた時には70%くらいだったりする。無論その間にiPhoneで軽くニュースをチェックしたり、朝っぽい音楽を流したりすることはあるものの、それくらいで充電を30%も消費することは通常ないはずだ。

外出中だって、久しく疎遠の知り合いがインスタにあげた全然知らない人たちの集合写真みたいなのを電車の中で見たりしているうちに、気が付いたら残り20%なんてことも少なくない。いつもヒヤヒヤする。

大学入学前に買ったiPhone8のゴールドを使っているのだが、もうバッテリーの寿命が来ているのだろう。流石にちょっと不便だな、という気がしてきたので、バッテリーを交換してもらうことにした。そのために昨日、僕は修理の予約を入れておいた近くのアップルストアへと向かった。

アップルストアに入るのはなんだか緊張する。店の前から既に数名の店員が待ち構えていて、親切かつフレンドリーに対応してやるぜ!という闘志をみなぎらせている。

そしてあのお揃いのGパンにTシャツというスティーブ・ジョブズスタイルの格好だ。「我々はこのシンプルさを大切にしているんですよ。敢えてラフな感じなんですけど、逆に清潔感があってオシャレというか、無駄がなくて、次世代風?みたいな(笑)」みたいな感じが全面に出ていて、その自信に満ちた様子に圧倒されてしまう。

ただ実際に話すとやはりみんな明るく親切で、なんだかんだ好印象を抱いてしまうのだが、それも悔しい。なんだよ、結局自分が卑屈な考え方をしているだけじゃないか。何も知らずに偏見だけで物事を考えるなんて、最低の人間だな。という気分になってくる。結局自分もあっち側の人間になりたいだけなんだろ、という考えがよぎって、またみじめになる。

そういう精神的苦難を乗り越えながら僕は店頭で受付を済ませた。

3階のサポートブースに案内され、椅子に座ってちょっと待っててと言われたので、その間にiPhoneを準備する。どこで買ったかも覚えていないベージュのカバーを外すと、結構汚れが溜まっていたのでびっくりした。ポケットティッシュを取り出して、急いでふきあげる。

そうやって僕がiPhoneを綺麗にし終えるのを見計らっていたかどうかは定かではないが、ちょうどふきあがるのと同時にサポートスタッフの男性がやってきて、挨拶をする。内心では「なんでテメェの汚れ落としなんか待たねえといけねぇんだよ殺すぞ」と思っていたかもしれないが、そんなことを一切表に出さない爽やかな笑顔(アップルスマイル)だ。負けじと僕も相手の目をしっかり見ながら好青年的な微笑みで応じる。

お互い意思疎通が可能な相手だという確認が取れたところで、僕は満を持してiPhoneを手渡した。彼は慣れた手つきでパッパッと画面を操作し、僕のiPhoneの状態を調べあげる。心のどこかで「我がiPhoneよ、口を開くな」という思いもあったが、プロの手によって何事もなく点検が終わった。

結果として判明したのは、僕のiPhoneのバッテリーは確実に劣化しており、交換の必要があるということだった。保証期間も切れているということで、交換には5940円かかるらしい。やれやれだ。そこを何とか60円で、という交渉に応じそうな気配もなかったので、まことに不本意ながら受け入れる決心をした。

だが話はそれで終わりではなかった。彼は申し訳なさそうな表情(アップルソーリー)で続けた。

「で、もう一点気になることがございまして……こちらの画面、割れていらっしゃいますよね?」

その通りだ。以前ちょっとゴツゴツした石畳に落としたはずみに、画面の左下から右中腹にかけて細くなめらかな一本の亀裂が入ってしまった。Apple社の業績の推移と連動しているようにも思える、意味有りげな増加曲線を描いている。まさかこの曲線ごと僕のiPhoneを買い取ってインサイダー取引でもしようとしているのか?

「実はですね、バッテリー交換の際に画面を外すことになるんですが」

「はい」

「その時に吸盤を使って外すんですよね」

どうやらインサイダー取引の話ではなさそうだ。でも、え?なんだって?吸盤を使って画面を外す?あの天下のAppleが?超電導量子式スクリーンリムーバー的な何かじゃなくて??

「それで、このままだと画面がバリバリに割れてしまう可能性が高くてですね、申し訳ないんですが、画面も修理する必要がありまして……」

「はい」

「そのお値段なんですが、こちらも保証期間外ということで、えー、18040円となっております」

「なるほど……」

「で、まあバッテリー交換が5940円ですから、それと合わせると」

「24000円くらいってことですよね」

「はい……」

最悪だ。24000円は高すぎる。大学の教科書の中で最強格とされる『THE CELL 細胞の分子生物学 第6版』(定価24530円, 1548ページ)とほぼ同じ値段だ。バッテリーと液晶だけなのに、調子に乗っているんじゃないか?いくら愛着のあるiPhoneとは言え、4世代前の機種にそんなに投資することはできない。

「それでももしご希望される場合は対応いたしますが……」

店員の男性も、このタイミングでの修理はあまり推奨していない感じの態度だ。そして僕が弱ったところを突くように、新型のiPhoneとサポートプランを宣伝してくる。もう彼はアップルスマイルに戻っていた。このままここにいちゃマズい。

「まあちょっと、一回考え直してみます」

ことさらに笑顔を作ってそう言い、僕は話を切り上げてアップルストアを出た。

そういうわけで僕は今、新型iPhoneの購入を検討している。


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