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*「東條英機は独裁者」の嘘 。。。

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* 真実の歴史講座_vol.3 。。。 

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件名: 2021年は中国崩壊の年?その理由は...

2年前の今頃、中国発祥のウイルスで
現在のようなパンデミックが起きることを
誰が想像できたでしょうか。

そんな先の見えない世の中ですが、
実はたった1つの法則で、未来を
予測することができるのです。

旧ソ連圏の大統領顧問を務めた
異色の経歴を持つ北野幸伯氏が
独自の理論で展開する
2021年の未来予測。

リーマンショックや、
米中対決時代の到来など、

数々の予測を当ててきた北野先生は、
歴史を振り返り、このように分析します。

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1941年、ナチスドイツは、
アメリカ、ソ連を敵にまわした。

79年後の2020年、
現代のナチスドイツである中国は、
インドと欧州を敵にまわした。

(中略)

1940年、ドイツはイケイケだった。

イギリス以外の欧州は、
ほとんど征服しつくした。

大国フランスすら、
1か月で降伏したほどです。

ところが1941年、
大きな転機が訪れています。

まず、ドイツは1941年6月、
ソ連に攻め込み、独ソ戦が開始された。

わざわざ独ソ不可侵条約を
破ったのです。

もう一つ、1941年12月、
真珠湾攻撃の結果として、
米独戦もはじまった。

チャーチルは、
「これでイギリスは救われた!」と
絶叫したと伝えられています。

つまり、ナチスドイツの1941年は、
「アメリカとソ連を敵にした年」
だったのです。

79年後の2020年、
歴史は繰り返されたのでしょうか?

もちろんズバリそのまま
ではないですが、

現代のナチスドイツである中国は、
二つの大きな敵を
つくってしまいました。

一つは、インドです。

日本ではあまり報じられていませんが、
2020年の6月から中印の国境紛争が
再燃し、双方に死者がでています。

それまでインドは、
「非同盟外交」が基本だったのに、

ここで完全に「アメリカ側」に
つくことになった。

インドは2030年に、
世界第3の経済軍事大国になることが確実な国。

中国は、米中覇権戦争の最中に
インドを敵にした。

これは、英独戦中にソ連に攻め込んだ
ヒトラーと同じ失敗です。

もう一つは、欧州(英仏独)を
敵にしたこと。

欧州諸国は、チャイナマネー目当てで、
基本親中だった。

ところが、2020年、香港問題で
旧宗主国のイギリスを激怒させた。

またウイグル人100万人を強制収容し、
不妊手術を強要していることが暴露され、
フランス、ドイツを敵にまわした。

これも、非常に大きなできごとです。

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いかがでしたでしょうか?

歴史は80年(正確には79年)ごとに
繰り返される、という理論をもとにして
考え出された北野先生独自の分析です。

79年前のドイツを現在の中国に
置き換えて見ると、興味深い状況が
見えてきました。

では、日本を「79年サイクル」で
見ると、果たしてどのようなことが
見えてくるのでしょうか。

歴史は繰り返すと言われていますが
日本が79年前と同じ過ちを繰り返して、

「必敗の道」を選ばないように
行うべきこととは?

ロシア滞在歴28年、
旧ソ連圏で大統領顧問を務めた
国際関係アナリストの北野幸伯氏が
世界情勢を分析しました。


P.S 未来の教科書で2021年は
どのような年と記されるのでしょう。

歴史というのは、流れの中にいると
分かりませんが、過ぎ去ってみると
そこは大きな転換点だったと分かります。

北野先生曰く、2020〜2021年は、
未来の世界史の教科書で大きく取り上げられる
ほど歴史に残る重要な年。
 
そんな不確実な時代を少しでも読み解くために、
歴史の法則に学んでみてはいかがでしょうか。


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私たちは、
「日本国民の情報リテラシーを上げることで、
長引く低成長から脱却。
未来への希望があふれる国をつくる。」
をビジョンに掲げ、活動しています。

「ルネサンス」の由来は、
14世紀にイタリアで始まった
「文化の再生・復興」運動から。

当時、疫病の大流行や飢饉。
百年戦争などの戦乱で人口は激減。
社会全体が危機的な状況に置かれる中、
人々は生と死について深く考え、
いかに生きるべきかを
強く意識するようになったといいます。

そこで彼らが手本にしたのが、
ギリシアとローマの優れた古典文化でした。

その運動は大きなうねりとなって
ヨーロッパ全土に広がり、
より優れた中心的価値観の誕生とともに、
新しい時代を切り開いていったのです。

これというのは、年代や場所、
起きている事象は違えど、
まさに今の日本と重なる状況ではないでしょうか。

長引くデフレ、迷走する政治、
少子高齢化、深刻ないじめ問題、
過労死、過疎化、
企業の不正や無差別殺人など…

高度経済成長以降、
明確な中心的価値観を見失った日本は、
いつしか暗いムードに覆われ、
長い停滞から抜け出せずにいます。

もはやこれまでの延長線上で、
同じような価値観・行動を繰り返していては
修復できない状態です。

令和という
新たな時代を迎えた日本を、再び明るく輝かせたい。

30年、50年、100年先…子供や孫の世代が、
誇りを持って生きられる日本を遺したい。

「ルネサンス」という本誌の名前には、
そんな私たちの「再生・復興」への
願いが込められています。

「ルネサンス」では、
感情論や根拠のない主観に偏ることなく、
客観的なデータを用い。

さらには、世界各国の
歴史や政治・経済についての成功事例など、
明確な裏付けのある情報をお届けします。

そして、史実に基づく正しい歴史観も
合わせて伝えていくことで、
日本という国を正しく理解し、
1人の日本人として、
国際社会で胸を張って生きていけるよう…

先人の叡智に学び、
今に活かせる誌面を目指していきます。

新しく、そして壮大な試みではありますが、
多くの人々に届けられますよう、
末長く応援していただけますと幸いです。


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(下記は、林千勝氏情報より)

現代を考えるうえで、歴史は非常に大事。歴史の研究をすることで、もろもろの現代の課題について理解し、そして「どう対応していくか」ということが把握できる。

先の大戦である大東亜戦争というのは、「帝国陸軍が無謀に、無計画に、そして侵略に暴走した」 というふうに言われている。学校教育でもそういうイメージ。マスコミもそう。 戦後75年間、日本人に繰り返し言われてきた歴史観、いわゆる東京裁判史観というものは「それは全くでたらめで間違い」。

帝国陸軍が、あの戦争が始まる2年ぐらい前から英米が日本を封鎖していくだろうということを予測して、どう対 峙していくかということを研究した。 そして陸軍主導で、当時の優秀な学者、マルクス経済学者等も含めて約百数十人から200人に 及ぶシンクタンクをつくって、そして日本が勝ち得る戦争戦略の基礎研究をした。

一言で言うと「南に下りていっ て石油を取り、西へ行ってインド洋を押さえてイギリスの物流網を寸断してイギリスを封鎖、 陥落し、それとともにインドの独立を促す」という作戦だった。 

間違っても当時「戦争に絶対反対、世界大戦に絶対に参加しない」と言っていたアメ リカの有権者を目覚めさせない、間違ってもアメリカと総力戦の戦争を起こさない、従ってハ ワイなど絶対に攻撃しないというような結論を、陸海軍はこの研究に基づいて決定した。 

それによって、「外交1本でいけ」という当時の昭和天皇も、「そういう作戦であるなら致し方 ない」ということで戦争を決断した。

近衛文麿の人間像、首相像というのは、これもまた流布 されていることと全く違い、優柔不断でもなければ平和主義者でもない。 近衛文麿というのは藤原家の筆頭として、簡単に言うと「大日本帝国をつぶして藤原の世を打 ち立てよう。近衛文麿が覇権を取ろう」という野望を持っていた。 

そのために、周りに同じく大日本帝国をつぶそうとしていた共産党主義者とか、それから国際 金融資本の直系の人たちを内閣、あるいはその周辺のスタッフに招き入れて、そして同床異夢だが、支那事変の泥沼に落とし、そして内側からあおって対米戦争へと向かわせていった。

具体的には共産主義者の風見章を近衛内閣の官房長官や司法大臣にしたり、尾崎秀実(ほつみ)や、いろいろな共産主義者を周りに配し、白洲次郎・松本重治・牛場友彦などの国際金融資本、ロスチャイルド系・ロックフェラー系の人たちを周りに配して、そして日本国を戦争へと突き動かしていった。(安倍首相に「いい本だ」と言っていただいた。)

国際金融資本、そしてアメリカを牛耳っていた、ロックフェラー家。 ロスチャイルド家の前衛としてのロックフェラー家が、日本の近衛内閣にどういうふうに手を入れて、具体的にどういうふうに日本を戦争に導いていったか。

日米戦争、大東亜戦争へどう突き進んだかが一番の大きなテーマ。歴史はそのまま現在につながっている。 その歴史の流れ、大東亜戦争、第二次世界大戦へ向 かう流れ、そしてそれがこの75年たった今にどう続いているか。

安倍首相が突然辞任されて、今は菅新首相が誕生。
安倍首相の辞任というのは健康の問題…、早く回復していだたきたい。
この安倍首相の辞任というのは、安倍首相自身にとっては非常に予定調和的だったと思う。

8月24日ぐらいに政権の連続最長記録を樹立。 その直後の辞任。 突然の辞任なので、安倍首相の最大の思いの1つは石破氏にやらせないということ。 しかし石破氏は次期首相候補として党員に人気があるということで、これは急きょだったので、党員投票をなくすことができた。 そういうことも予定調和的で、菅官房長官が次期首相ということでスムーズに禅譲 できた。

安倍首相の最後のご奉公はワクチンを決めた事。 ワクチンは、確かオックスフォード大学と研究していたアストラゼネカが開発?
それともう1社から国民2回分5,000億円、これを合意した。 そして、モデルナと言う会社から数千万人分、これも合意した。

少し心配しているのは、その後に副作用があるのではないかということ。後にまた復活するという話らしいが、治験が中止されている。
モデルナという会社はどちらかというと医薬系というよりは投資ベンチャー的な性
格があり、割と最近できた会社で欧米では「若干信頼度がどうかな?」と言われている。

そういうところを最後に決めて辞任。これが来年どういうふうな形になってまた出てくるかと、少しだけ懸念している。

安倍首相に関して、やはり国際金融資本との関係について着眼しなければいけない。安倍首相自身も、何人かの方には安倍内閣と国際金融資本の関係については言及をしている。また別の言い方では竹中平蔵氏と国際金融資本の関係についても言及してる。これは事実。

ここで菅さんに禅譲したという話。
菅氏が新総裁に決まったタイミングというのは、去年の5月であると思う。 これは一部ではよく言われているが、去年の5月に菅官房長官は訪米しているの。 日程は公表されており、訪米した時に会った相手は、まずポンペオ国務長官、それからペンス副大統領。その間に金融関係者と会っている。 

具体的には固有名詞は定かではないが、要するに「この会見で菅新首相というの が決まっただろう」ということが一部で言われていて、その通りになった。 「去年の5月にほぼ決まっていた。そういう流れに 向けての安倍首相の辞任であった」ということが一部で言われていた。信ぴょう性が あるのではないかと思う。

これは「歴史に学べ」のパターンで、実は近衛内閣がそうだった。 戦前の話だが、近衛首相が首相に就任する2~3年前は貴族院議長だったが、貴族院 議長として訪米している。 訪米して会った要人はルーズベルト大統領、ハル国務長官だったが、、訪米の一番の目的の相手は、実は金融関係者だった。 

次期首相の呼び声が高い、まさに当時「日本のプリンス」と言われた藤原家筆頭の近衛文麿が、 わざわざ訪米して会いに行った一番の目的の相手はトーマス・ラモントというモルガン銀行の トップだった。 モルガン銀行というのは位置付け的にはロスチャイルドの代理人とも言われ、あるいはロックフェラーも含む国際金融資本の代表的な位置付けだった。

当時貴族院議長の近衛文麿を日本政府と軍部は国を挙げて送り出した。
東京駅から大きな送り出しの会をやり、港でもみんなで「万歳」と、国を挙げて送り出した。なぜかというと、日本はその前に満洲国を建国していたが、この満洲国は日本が勝手に建国したとして、世界中が認めていなかった。

そこで、この満洲を認めてほしいというのが日本の政府、外務省、それから軍部の願いであり、切実な要望、要請であった。これを日本の若き青年政治家の代表者である近衛に託して送り出した。

日本政府も軍部も一致した意見は、満洲を国際的に認めてもらうためには、認める推進力は各国の政府ではなく民間だということが分かっていた。民間という言い方をしていますが、これは国際金融資本家のこと。
当時の日本の政府も軍部も当然国際力学を正確に把握し、それを表現していた。

民間…つまり国際金融資本家に満洲国を認めてもらう、このことが国際的に認めてもらうことの原線だとよく理解して、そして近衛を送り出した。 そして、近衛はモルガンのトップであるトーマス・ラモントに満洲国の件を話しているのです。 

そこで答えは「NO」だったが、これが1つの近衛という野望を持つ人間の見極め、そしてある程度のこれからのシナリオのゴーサインが出たきっかけだと思う。

ロックフェラー財団が日本を包囲し、そして封鎖し、戦後の占領政策までを視野に入れたシンクタンク、太平洋問題調査会というのを育てた。
近衛文麿はこの時から、そこの本部で優秀だと言われていた日本人の若者である 牛場友彦を簡単に言うとロックフェラーから借りて、近衛の一番の秘書にした。

牛場友彦はその時以来 近衛文麿の第一の秘書となり、共産主義者とか国際金融資本家のスタッフを周りに集める触媒の役割をし、そして戦争に突き進み、終戦後も近衛文麿と一緒にいて、そして昭和もろもろの…大日本帝国をつぶすという彼らの策謀は成功した。

しかし、その後近衛は戦後日本の覇権を取るつもりでいた。 そして日本にマッカーサーが来た時に、不勉強なマッカーサーは、「近衛文麿はcosmopolitan だ。よくやってくれた。戦後の日本も頼む。新憲法も近衛文麿が作ってくれ」と実際にお願いした。 

そこまでうまくいったということで、近衛文麿は新党も立ち上げる予定だったし、おそらく戦後の衆議院選挙は京都1区から出て、第4次近衛内閣をつくろうという目論みがあったと思うが、これは全部失敗して昭和20年12月16日に自殺したとされているが、実は殺されたと思っている。 

その時も、隣の部屋で様子を伺っていたのが秘書の牛場友彦。 戦後、彼らは「隣の部屋にいて様子を伺っていた」と証言している。

いずれにしても、アメリカに行って国際金融資本家からOKが出て、その後総理大臣の道を歩むというオリジンは近衛文麿から出ていると思う。 そしてこの構造が昭和20年8月15日から固まり、そして菅新総裁も、おそらくそういうステップを踏んで今回首相に就任したという流れだと思う。

そういう目で見ると、今回のことは極めて分かりやすい。 総裁選がどうとかは関係ない。 石破さんがどうとか、岸田さんがどうとか、全然関係ない流れの中で物事は動いているという見方も大事だと思う。 


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