よいこの童話 「何デレラ」


昔々あるところに、シンデレラという娘がおりました。彼女は身も心もそれはもう美しかったのですが家庭環境ガチャのみ大爆死し、毎日のように意地悪な継母と義姉たちにいびられる毎日を過ごしておりました。そんなある日、彼女は親切なフェアリーゴッドマザーの力を借りて舞踏会に行き、見事王子の心を射止めることに成功しました。そう、王子は面食いだったのです。
しかし、どういうわけか魔法の期限は夜の12時までであり、それを過ぎる前にシンデレラは帰らなければいけません。12時の鐘が鳴り始めるのを聞きながら、シンデレラは後ろ髪を引かれるような思いでその場を走り去りました。ところで夜の12時まで舞踏会やってるって一体開始は何時なんですかね?

さて、困ったのは残された人たち。わけも分からぬまま闖入者である謎の姫君に話題の全てを掻っ攫われ困惑する民衆をよそに、王子は残されたガラスの靴を手にし「これを履ける女を探すように」と言いました。
結論から言えば、靴を履ける女は見つかりました。具体的には5人ほど。
常識的に考えて国中探して靴のサイズが合う女が一人しかいないとかありえないので、まぁ当然の結果でしょう。

困り果てた召使いたちは、「条件に合う女を全員ひとところに集めて、王子にどれを選ぶか決めてもらおう」という結論で合意しました。勘で間違った女を連れて行って怒られるのはまっぴらごめんですし、それならば王子に選ばせてしまえば全責任を負わせることができるなぁと思ったからです。彼らは国中の女性がいる家庭を回ってひたすら靴を履かせ続けるという作業に疲れ、些か怒りを覚えてすらいました。
時は流れ数日後。王宮前の広場に集められた五人の女性を前に、大臣は堂々たる姿勢で台本を読み上げます。
「これは王子の結婚相手を決める場でもあるため、振る舞いには十分気をつけ虚偽などは申さぬように」という注意の後、大臣はさっさと後ろで控える他の役人たちと同じ列に戻りました。

「まずは一番左!自己紹介をせよ!」

「私はヤンデレラ。結婚してくれないなら殺します」
そう言って、女性はハイライトのない目で包丁を構えます。

「なんだって!」王子は叫びました。「そういう安直なヤンデレ描写が界隈を安っぽくするんだ!僕は特に積み重ねもなくとりあえず惨劇さえ起こせばヤンデレだみたいな風評には反対だぞ!」

王子は王子ではありましたが、面食いなので二次元の美少女も割と好きだったのです。
憧れの相手に拒絶され少しは頭が冷えたのか、ヤンデレラはすごすごと帰って行きました。

「次!」

「…………え、あ、あの………あ………」

もごもごと何かを呟きながら、女性が涙目で下を向きました。

「おい大臣!」王子は叫びました。「この子はどこから連れてきたんだ?かわいそうに、怯えているじゃないか!」

「殿下、彼女は隠デレラと申しまして……隠キャが行き過ぎて引きこもりがちになっているので、靴のサイズも合っていることだしちょうどいい機会だから外に引きずり出してしまえという両親のご意向で」

ワタワタと説明する大臣に、王子は真顔で「本人の意思を尊重するべきだろう」と言いました。王子はアホでしたが、他人を気遣うことはできるタイプのアホだったのです。

「帰って温かいものでも食べなさい」と言う王子に促され、隠デレラは爆速で帰りの馬車へと歩き去って行きました。

「次!」

「私はtanデレラ。直角三角形の鋭角に対する底辺と対辺の比で–––––––––」

「やめてくれ!」王子は叫びました。「三角関数なんてどこで使うっていうんだ!無駄にテストを難しくするだけじゃないか!」

慌てて忍び寄った大臣が、王子の耳元で囁きます。
「失礼ながら、殿下。我々が国家事業として取り扱う土木工事や地図作りに使われてございます」

「そうなのか」と、王子は頷きました。王子はバカでしたが、自分の見識の浅さは認められるタイプのバカだったのです。ソクラテスの考えに倣うのならば、これはもっとも真理への道に近い姿勢であるのでしょう。
「それはそれとして髪の色が違うな。顔も違う。帰ってくれ」
それを言われたらもうどうしようもないため、tanデレラはすごすごと帰って行きました。

「次!」

「私はqinデレラ。統一王朝を築きます」

「衛兵!」王子は叫びました。「なんか危険思想を持ってる奴がいるぞ!」

将来的に絶対王政国家のトップに立つことになる者としては、王朝を築くというのはだいぶ聞き捨てならない宣言でした。王子は考えなしではありましたが、流石に国が倒されたら自分の首が物理的に飛ぶことを理解できる頭は持っていたのです。それに、そんな思想を持ってる女性を妻にした日には自分の死後に息子を盾に王権を好き勝手されそうでした。

ここは比較的言論の自由が許される王国ではありましたが、王子直々にヤベーやつと認識されてしまっては仕方がありません。qinデレラは公安部の監視つきで帰って行きました。

四人の女が立ち去り、残されたのはみすぼらしい格好をした女の子が一人だけでした。

満足な栄養も取れていないように見える痩せた体、王族の前に召喚されたにも関わらずろくに整えることができなかったのだろうつぎはぎと灰に塗れたワンピース。「すわ探し直しか」とため息を吐きかけた召使いたちへ、少女は白い顔を向けます。大きな瞳が、きらりと光りました。

「わたし、シンデレラと申します」少女が、鈴を鳴らすような声音で申し訳なさそうに声をあげました。「あのぅ……実はもう片方の靴がここに」

〜fin〜

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