イラスト大教室公式キャラクター『日誌さん』の話
イラスト大教室には、『日誌さん』という公式キャラクターがいる。
運営からのお知らせや、毎月のイベントの告知、メンバーが投稿場所を間違えたときには交通整理にと走り回る働き者だ。
キャラクターをデザインしたのは大教室の1期から参加してくれているイラストレーターのとりやまいろさん。
とりやまさんは「大教室という学校をコンセプトにした場所に合ったモチーフとして学級日誌を選んだ」とコメントしてくれている。
今では、参加者の誰もが『日誌さん』と親しく呼んで可愛がってくれる存在になっている。
その登場の経緯には運営側の思惑もたくさん込められている。
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イラスト大教室には当初、公式キャラクターという存在はなかった。
外向けに大々的にキャンペーンを行うわけでもない、クローズドなオンラインコミュニティには、公式キャラクターというマスコットは必須ではないからだ。
しかし、運営していく過程でその存在が必要だと気付かされた。
大教室が発足して1年ほどの間、投稿する部屋を間違えた場合、主催のかざりが気付き次第、ひとりひとりにDMで部屋の移動をお願いしていた。
しかし、DMに気づくまでの間に、前の人の投稿を見て投稿場所を間違える人も出てくる。
そうするとまた新たにDMを送り、やりとりに日々多くの時間が割かれた。
さらに、DMという見えない場所で部屋の移動をお願いしているため、表立っては「誰もミスをしていない」ように見える。
投稿場所を間違えるなんて恥ずかしいことじゃない。
でも、見える場所では誰も間違っていないように感じられる。
日常茶飯事だった案内DMでのやりとりでは、投稿場所を間違えたことに対する謝罪も多く返ってきた。
悪いのは、間違えてしまう参加者ではなく、部屋の使い分けの必要性と利用方法を浸透させられていないコミュニティの運営側だというのに。
かざりはメンバーにDMで連絡することが苦ではない上に、参加者ひとりひとりと会話できる機会が与えられることをむしろ楽しんでいたため、案内作業に多くの時間が割かれていることを、問題視していなかった。
転機となったのは、練習を投稿する部屋であるデサクロ部屋に、デッサンとクロッキー以外の投稿が多く見られるようになった頃である。
参加メンバーたちが取り組む練習がデッサンとクロッキーに留まらなくなってきたため、新たに『自主練ラボ』という部屋を増設した。
自主練ラボが新設された当初、当たり前だが以前のように「練習の投稿は全部デサクロ部屋だよね」という習慣からくる部屋の間違いが頻発した。
数が多いので、これまでのように本人が気にしすぎないようDMで…と連絡していくと埒が明かない。
「デサクロ部屋はデッサンとクロッキーだけの投稿。それ以外の練習は自主練ラボへ」という定型文を作成し、事務局のアカウントでコメントして回った。
これがすごく楽だったのだ。
見える場所で事務局がコメントしているから、そのコメントを読んだ人が「そうか、これからはスケッチの投稿は自主練ラボか」と後に続く前に投稿場所を考え直してくれる。
「どう伝えたら気分を悪くせず悲しませずに意図が伝えられるか…」と悩みながらひとりひとりに向けた文章を作る時間も大幅に省かれた。
しかし気になる点があった。
信頼関係が築かれた、もしくは今後信頼関係を築いていきたいという気持ちがこもった主催者本人からのDMよりも、事務局からコメントをもらったメンバーの多くは萎縮しているように感じられた。
個人情報を扱う役割でもある、真面目な事務局からの連絡は「怒られた!」「注意された!」という受け取り方につながってしまっているように見えた。
これでは、投稿場所を間違えることが『悪いこと』になってしまう。
間違える、というのは決して悪いことではない。
その前に行動したから間違いがある。
行動には勇気がいる。
間違いなんて大したことじゃない、行動したという事実を讃えたいというのが、大教室で常々発信しているメッセージだというのに。
個別のDMでは伝えられたその気持ちが、事務局からの定型文では充分に伝えきれなかった。
「投稿場所の移動の案内を、もっと軽く受け取ってもらえるように伝えたい…」
そんな気持ちから思いついたのが、公式キャラクターというアイデアだった。
真面目な事務局アカウントからの敬語での案内ではなく、気が抜けたゆるくてかわいいキャラクターから、やわらかく伝えられたら
「申し訳ありません!以後気をつけます!」
ではなく、
「えへへ、ごめ〜ん」
と軽く受け取ってもらえるんじゃないだろうか。
誰でも間違えることはある。
行動したことが素晴らしいんだから、間違いなんて気にしないでほしい。
そして、大教室ではリラックスして楽しく過ごしてほしい。
運営側のそんな気持ちを代弁する、ゆるくかわいいキャラクターの必要性に気がついてから、キャラクターデザインとイラストをどうするかを考え始めた。
当初、運営内でキャラクターの設定を相談していた。
しかしここはイラスト大教室、イラストを描く人が集まる場所である。
さらに、この場所は“コミュニティ”、コミュニケーションを目的として運営している。
みんなの力が発揮できる機会と、コミュニケーションのきっかけはいくらあってもいい。
そうして企画したのが、【イラスト大教室公式キャラクターコンペ】だった。
そして、月に2度運営から出されたお題イラストに挑戦するお題部屋で、キャラクターコンペが開催された。
当時のメンバーは100名程だっただろうか。
参加者の約3分の1となる31名がキャラクターのイラストと設定を提出してくれた。
運営による選抜ではなく、参加者のみんなに愛されるキャラクターを運用していきたいという想いから、コンペは2段階の投票制となった。
1回戦を勝ち抜いたのは上位3名のキャラクター。
コンペ参加者の多くが自分のキャラクターに投票して接戦となった1回戦と違い、3名に絞られた2回戦は票数の差が明らかだった。
そうして選ばれたのが、『日誌さん』だ。
予定していた運用がスタートし、部屋の交通整理も定型文をベースにDMではなくスレッドに書き込むかたちで他の参加者からも見える場所で行われるようになった。
メンバーに対して軽い口調で、
「このお部屋はちがうよ〜?こっちのお部屋にあたらしく投稿してね〜」と大教室を駆け回る日誌さん。
事務局からの連絡よりも、やわらかく受け取ってもらえているように感じる。
日誌さんの登場によって運営、とりわけ主催のかざりの負担が大幅に軽減された。
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しかし日誌さんは、想定していた公式キャラクターとしての運用に留まらなかった。
新たなターニングポイントとなったのは、メンバーからの提言で企画された『イラスト大教室アンソロジー』だった。
当時の参加者の半数以上の74名が参加しフルカラー200ページの冊子を発行したこの企画のなかで、運営が想定していた以上に、日誌さんがメンバーに愛されていることを知った。
自分のイラストの中に、日誌さんを入れ込んでくれるメンバーが幾人も現れたのだ。
さらに、アンソロジー編集チームのデザイナーのチビッコさんが日誌さんをモチーフにした付録まで作成した。
そして、それを受け取ったみんなが嬉しい、可愛いと喜んでいる。
これまでの人生でキャラクターに特別な思い入れを抱いてこなかった主催のかざりは非常に驚いた。
架空の存在が、メンバー同士の共通認識となって可愛がられている。
コミュニティ運営における役割の分散のためのツールとしての公式キャラクターが、独立した個体として歓迎され愛でられているという現象に衝撃を受けた。
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二度目のアンソロジー制作の際、日誌さんをモチーフにした付録を作るという提案にはもう驚かなかった。
しかし、付録の企画『日誌さん仮装パレード』には、また度肝を抜かれた。
前回とは違う、キャラクターデザインに対する驚きだった。
著名なキャラクターのひとつであるミッフィーは、多くのグッズが生産されている。
グッズのなかには白地にミッフィーの目鼻口をつけただけ、ミッフィーのウサギというモチーフから逸脱しているものも少なくない。
それでも、ミッフィーは、ミッフィーに見えるのだ。
アンソロジーの付録の企画『日誌さん仮装パレード』では、仮装というコンセプトの元、本来帳面であるはずの日誌さんがマーマレードの瓶や牛乳パックにアレンジされていた。
ふわふわの綿毛、縄文土器…どんなビジュアルになっていても大教室のメンバーにはまごうことなく『日誌さんの仮装』に見える。
日誌さんは、学舎をコンセプトにしたオンラインコミュニティに合わせた、“ 学級日誌”というモチーフを奪われてなお、あのミッフィーのようにキャラクターとしての独創性を維持していた。
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日誌さんは、キャラクターコンペをきっかけにとりやまさんにデザインされてこの世に現れた。
そして、実際にオペレーションする運営ではなく、参加メンバーたちに選ばれたキャラクターだった。
キャラクターグッズも予定されていなかった。
ただ、みんなの過ごしやすさのために、運営による柔らかい代弁者を求めて生み出された存在のはずだった。
そんな思惑とは裏腹に、日誌さんは軽やかに大教室での立場を確固たるものとしていったのだ。
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そして日誌さん誕生から2年半。
今度は日誌さんを主軸とした謎解き企画が開催された。
なぞときを楽しみながら、大教室のポリシーを確認できたり、使ってみるのに勇気がいる機能を試してみる仕組みが盛り込まれている。
「コミュニケーションや、使い方に不安がある人にも、大教室をもっと楽しんでほしい!」
と、有志5名が集まって企画されたメンバー発案の企画である。
全編オンラインで完結する謎解き企画の実装には、LINEのシステムが導入された。
それに合わせて、部屋の利用方法をいつでも確認できるよう日誌さんbotが実装された。
イラスト大教室slackの部屋の使用方法は、新期生がくるたびにZOOMでオリエンテーションを開催し、slack内でも運営が毎月案内しているものの、活発なやりとりの末に流れてしまって、ルールの確認が難しいことをカバーする仕組みである。
日誌さんのLINEに大教室の部屋の名前を送ると、詳しい使い方をみっちり返答してくれる。
slackに記載すると長すぎる説明も、LINEの吹き出しで伝えれば少しは読みやすい。
もしこの便利な仕組みを、もし主催運営かざりのアイコンで行ってしまうと、まるでかざりがなんでも答えてくれる万能な人間、もしくは生身ではない“コンテンツ”として誤解されてしまう危険性がある。
そうすると、運営メンバーはお客さま係もしくは従わなければならないオーナーと成り果て、行き過ぎた尊敬や転じて粗末に扱われる可能性があり、参加者との信頼関係は望めない。
日誌さんという架空のキャラクターが間に入ってくれることで、運営チームと主催者がコミュニティの独裁者となることを回避できる。
そして、一緒にイラスト大教室を良くしていこうと意見交換ができる関係を築いていくことができるのだ。
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たかがキャラクター、されどキャラクター。
必要にかられて生み出された公式キャラクターは、そのデザイン性の高さと仕事ぶり、架空の存在をも愛してくれるメンバーたちの順応性によって、当初の目的を超えた活躍を見せてくれている。
日誌さんがこんなにも、長く愛され、いろいろな場面で登場することになるとは。
コンペを企画した運営も、日誌さんをデザインしたとりやまさんも考えていなかった未来にいる。
そしてまた実は今も、日誌さんは新たな企画に向けて飛び立とうとしている。