憶えてる

人は言葉や体験よりも匂いで思い出すとよく聞くけれど、君の匂いを私は憶えているのかな。
もうかなり前のことだから薄れてはきているけれど、少しのタバコの匂いに混ざった実家暮らしの強い柔軟剤の香り。ボトル半分はぶちこんでるんじゃないかって笑ったくらいの強い柔軟剤の香り。口実を作ってきみの匂いが欲しくて洗濯を頼んだことがあったっけな。結局君がいなくなった後も数週間匂いが消えるまでそのタオルは使わなかったよ。

合法で匂いを嗅げるその立ち位置はたった数ヶ月で私のものではなくなった。落ち込んだ時、私の頭に優しくかかる手からほんのりする匂いとか、君が起きた後のシーツとか君がいたこの部屋とか、苦しくなってしまうほど心地よく落ち着く香りだった。

ねえ憶えてる?
君はたった一度だけ私に大好きと言ったことがあるんだよ。
都合のいい関係で好きにならないように努力していたけれど結局こんなことを思うまで好きになってしまって。君からのなかなか出ない「すき」やよく言ってくれた「かわいいね」に私は救われてたんだよ。

このラブレターはずっと届くことはないと思うけれど、どこか頭の片隅でふわっと“俺のこと好きだったのかな”なんて思ってくれてたら嬉しいよ。鈍感で何も口に出そうとはしない君だから、きっと私の欲望に過ぎないんだろうけどね。

ねえ憶えてる?私とのあの数ヶ月を。私はまだ忘れられそうにないよ。ごめん。

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