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山奥アライさん村

 
 『どうすんだにぇ…これから…』
アルパカさんが力なく呟いた。大きめのちゃぶ台にアライさんとフェネックが座っている。山奥の古民家にしてもあまりにも暗く、そして部屋は寒い。以前はもっと明るかったし、もっと暖かい家だったのだ。比喩とかではなく。

 事の発端は社会不適合者たちが集まって、山奥の古民家を買って自給自足の生活をしよう!という計画だった。知っての通り、アライさんたちのような社会不適合者たちの居場所は社会には無きに等しい。だからこそ自分たちの手で理想郷を作ろうとしたのだ。農業をやり、鶏を飼って卵を産ませる。酒だってつくろうと思えば自分たちでつくれる。最初のうちはそう信じていたし、みんながやる気にあふれていた。

 あの時はちゃぶ台の周りにトキさんやカバさんやかばんさんやサーバルちゃんやスナネコさんもいた。今、残っているのは3人だけだ。皆が山というものを、農業というものを舐めていたのだ。農作業は虫がつきものである。蚊やアブやハチにヒル。それらに加えて夏の暑さや冬の寒さが容赦なく彼らを襲った。虫に刺されまくり、暑さや寒さに耐え得られた作物の出来は言うまでもなく良くはないものだった。二束三文にしかならなかったのは言うまでもない。飼い方が悪かったのか鶏は餌ばかり食い、卵を産まない。

 やがて一人、また一人と街へ戻っていった。無理もない話だろう。これからどうするんだ?というアルパカさんの問いにアライさんは黙ってスマホを取り出しtiktokの動画を見せる。そこに映っていたのはトー横でODをして痙攣し、失禁しているサーバルちゃんだった。次に見せたかばんさんは派手な格好をして大久保公園の近くで立ちんぼをしていた。腹が大きくなっていたのは便秘のせいだと思いたい。

 アライさんが言いたいことは要は街に戻ったところで居場所などないということだ。手取り12.13万の仕事など街には山ほどある。だが物価高騰や増税で、もはやそれでは厳しいのは明白であった。Twitterでぼやいている人も皆、分かっている。このままではどうしようもないと。ゆっくりと確実に生活が脅かされているが成す術がないのは皆、一緒なのだ。

 幸いにして残っている3人とも手帳持ちで、国から少ないが年金は出ている。収入は0円ではないし、古民家はみんなが金を出し合って買った持ち家だから家賃はかからない。それに今日はクリスマスなのだ。だからせめてご馳走を食べるべきだという結論になった。卵を産まない鶏はクリスマスディナーとなり、アライさんたちの腹を満たした。

 作物の育て方も一から見直すことにした。近所の農家の爺さんに頭を下げて、雑草むしりなど農作業の手伝いをする傍らで必死に教えを乞うた。もはや食っていくのにプライドなど捨てるしかないのだ。アルパカさんとフェネックは村で便利屋のようなことをしたり、空いている時間で農作業をしたり、農業の本を読み漁った。そうして1年、2年、3年と過ぎていくうちに農作物の形や味はかなりマシなものになり、地元の直売所でもまぁまぁの値段で売れるようになった。作物は干したり、漬物にしたりすれば長期間の保存が可能だと知り、ちょっとだけ自給自足っぽい生活になった。

 生活は決して楽とは言えないが、どん底だった時よりは遥かにマシになったことは確かである。3人で農作業を終え、夕飯を済ませたあとTVを見る。そこに映っていたのはかばんさんだった。立ちんぼをした結果、誰の子かもわからぬ子を産んだはいいが、死産でありそれを隠し捕まったのだという。TVを急いで消すアライさんだったが、3人はしばらく無言であった。

 蚊帳に入り、蚊取り線香を炊いて3人は眠りについた。3人が夢で見たかばんさんは明るく笑っていた。起きてから3人はかばんさんが裁きを終えたら迎えに行こうと言った。セミが今日も五月蠅いくらいに鳴いているが、かばんさんと亡くなった赤子は別の意味で泣いているはずなのだ。だから助けに行かねばということで一致した。

 今日は村は38℃くらいの暑さになるらしい。麦藁帽をかぶって3人はいつものように畑仕事へ向かうのであった。

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