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夜郎( Yèláng)

西暦487年、朝鮮半島の現在の任実当たりで、一人の若者が豪雨の荒れ地を一気呵成に走り抜けて行く。鏑矢がヒューヒューと若者めがけて打ち鳴らされ、無数の矢が天空から地上に突き刺さる。

 横殴りの豪雨の中を無数の弓矢が天空から垂直に落下してくるも、この若者は、牛の角を持つ鉄兜を被り、軽妙な鉄板を編んだ鎧を着て、絶体絶命の境地を物ともせず、崖へと驀地に突っ走っていった。

 一刻ほど前、彼は血族が殺される光景を具に見ていた。500人の同胞が無残に倒れ蹂躙されるのを克明に目に刻んだ。義のために逃亡を助けた紀生磐とその付き人数名が無事に救われたのを確認してから大鷲の鳴き声のように木笛を三回吹いた。その笛に呼応するように、残兵200人は一瞬にして霧散逃走した。暫くして嗄れた狼の声が地響きのように低く魔人崖から聞こえてきた。その後、若者は帯山城を後にした。

 総勢5000人の百済軍は数百の敵勢の血を飲み干して帯山城を占領し、今は、この若者一人に襲い掛かっている。獰猛な野獣のように血眼になって足った一人の若者に挑みかかっているには、一つ理由があった。

 「俺たちは義のために全滅を覚悟して神聖と号する紀生磐を逃したが、俺一人は残って必ず百済を滅ぼす。百済を滅ぼすには俺一人で十分だ。宝刀も三宝も秘伝書も俺が引き継いだ。俺は神の子だ。今、俺を殺せなければ百済は滅びる。俺は魔人崖から空を飛び天空の城に宿り復讐の計略を練る。」

 この若者は城壁の裏門に、このように流暢な書体で書き付けてから、荒野を魔人崖に向かって駆け抜けた。

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 上の図が状況の概要である。

 結局、この若者を総勢5000人の百済軍は捕獲することに失敗し、数十メートルはあろうと推量される魔人崖から大鷲のように嵐の中を飛翔して大河の孤島に消えた若者を呆然と見送ったのである。

 百済の内頭莫古解が年若い領軍古爾解の肩を抱き、押し戻すように帰路に着かせた。古爾解の父適莫爾解の無残な殺害の復讐としては敵勢300余人を血祭りにしただけでは足りなかった。いや父の恨みよりも更に深い恩讐が古爾解にはあった。

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