私のヒーローたち

 一月十六日。雪が街を埋め尽くした誕生日のその日、私は後輩の車の中にいた。

 すべての原因は、早朝から降り出した雪だった。午前中で講義を終え、午後から地元にいる彼氏とデートにいく予定だった私は、大雪で電車が止まり、大学で足止めを食らっていた。

 そんなとき、サークルの後輩である石本君と川瀬君が通りかかり、事情を聞いて私を地元まで送り届けてくれる運びとなった。スキーが趣味である石本君の車は、雪道でも走れるような仕様になっているらしい。彼の車に乗って、二人は一緒に帰るところだったそうだ。

 今日のデートをあきらめかけていた私にとってはとてもありがたいことで、一も二もなくお願いしたが、同時に胸の奥がちくりと痛むのも感じた。

 彼ら二人が私のことを好いてくれていることを、なんとなく感じ取っていたから。

 

 

 川瀬君と石本君はとても仲が良く、よく二人でいるところをキャンパス内でも見かけた。その二人の態度が少し変わってきたことを感じたのは半年ほど前。どことなく、アタックされているような、そんな行動がちらほら見え隠れしだしたのだ。

 それでも私にとって、彼らはサークルの後輩以上の存在になることはなかった。おりしも同じ時期に私に好きな人ができて、私はその人と付き合い始めた。それがつい二か月ほど前のことである。

 表面上はお祝いしてくれたけど、内心はとてもショックだっただろう。車を運転する石本君と、助手席に座ってナビの役割をする川瀬君を後部座席から眺めて、ぼんやりとそんなことを思った。

 車が止まったのは、ちょうどその時だった。

 いきなり前の車が止まり、いつまで待っても動かなくなってしまった。川瀬君が車を降りて道路の先を見に行くと、スリップ事故を起こしたトラックが道をふさいでいるらしい。完全に立往生してしまった。

 慌て始める後輩たちの背中を見つめながら、しかし、私は妙に納得したような感情を抱いていた。

だって、いくらなんでも虫が良すぎるから。

 おそらく彼らは、まだ私への想いを完全には捨てきれていない。普段の態度や、今日、送ってくれるという申し出を聞いたとき、なんとなくそんな気がした。そして、それを知ってなお、私は彼らにお願いした。あなたたちから私を奪った恋敵のもとに、私を連れて行ってほしいと。私が彼らにしてあげられることなど何もないのに、自分の幸せだけを満たすために、彼らの好意に付け込んで。

 これは、そんな私に対する、神様からの罰なのだ。だから、今日のデートはあきらめようと思った。

 私は打開策を考えている二人に、声をかけた。

「ありがとう、二人とも。でも、これ以上は危ないから、やっぱり大学に引き返そう」

「何言ってるんですか、先輩!」

 しかし、力なくいった私の言葉は、石本君のそんな一言でかき消された。

「付き合い始めて、初めて彼氏さんと過ごす誕生日でしょ? 諦めちゃだめですよ」

「そうですよ! 大丈夫! すぐ別の道調べて動きますんで!」

 スマートホン片手に、川瀬君も力強く言ってくれる。その言葉に、私は泣きそうになった。

 どうして、そこまでしてくれるのか。あなたたちをフッた私に、そんな優しくしてもらえる権利などあるはずないのに。

「よし、この道を少し戻って、脇に入ったところを進めば、何とか目的地まで行ける! 細い道だから、雪はここより積もってるかもしれないけど」

「スキー場で細道なんて慣れてるぜ! 先輩、ちゃんと彼氏さんのところまで送るんで、安心して待っててください!」

 元気な二人の声に、私はそれ以上何も言えず、黙ってうつむくしかなかった。目からあふれそうになる涙を、必死になってこらえる。

 二人ともごめんね。本当に、ありがとう。

 心の中で、口にできない言葉を何度も唱える。

 間もなく発進した車の後部座席からは、二人の頼もしい背中をよく見ることができた。


  

 三時間かけて、車は無事待ち合わせ場所についた。二人は私に気を使って、待ち合わせ場所の少し近くで私を下ろすと、彼氏に見つからないようにそそくさと帰っていった。気遣い以外にも、理由はいろいろあるのかもしれない。彼らにとって私の彼氏は、勝てなかった恋敵なのだ。顔を見るとみじめな気持ちになったりもするだろう。

「よかったよ、無事について。今日は会えないと思ってたから」

 会って開口一番、彼氏がそういった。その顔を見て、私も思わず笑顔になる。

「大丈夫。頼れるヒーローたちが、ここまで送ってくれたから」

「ヒーロー?」

 私の言葉に、彼氏が首をかしげる。そう、と私は笑顔でうなずいた。

 見返りも求めず、ピンチの私を助けてくれた、頼れる後輩たち。

 彼らはまさに、私のヒーローだった。

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