五 入部テスト

その日の放課後、翔太はいつも通り部活へと向かった。更衣室をあけると、良平が一足先に着替えているところに出くわす。

「よお、翔太やんか」

「よ、良平」

 だいぶ慣れてきたこともあり軽く挨拶をかわす。翔太も荷物の中から着替えを取り出して、着替え始めた。

「さて、いよいよ明日は登録日やな。翔太結局どないするん?」

 良平にはまだ卓球部に入ろうと思っていることを教えていない。初めて仮入部に来た時、まだ入ろうか迷っていると言ったのを覚えて聞いてきたのだろう。

「えっと、やっぱりせっかくだから、入ろうかなって」

 少し照れながらも、翔太は正直に答える。おお、と良平が嬉しそうに声を上げた。

「ホンマかいな! これでこれから毎日翔太と卓球出来るっちゅーことになるんやな!」

 心底うれしそうにガッツポーズする良平。本当にこの友人はいいやつだと、翔太は嬉しさのあまり笑ってしまう。

 二人して上機嫌で更衣室を出て体育館に移動すると、すでにほとんどの部員が集まっていた。仮入部初日からだいぶ人数が増えており、一年生だけでも男女合わせて十五人ほどになっているだろう。少し人数が多いが、卓球を通して良平以外の同級生とも友人になれるといいなと翔太はひそかに期待する。これからの生活に、今はとても期待感があふれていた。

「さて、それじゃあいったん集まってもらおうかな。今日は少し特別なことするから集まって!」

 一年生だだいたい揃ったところを見計らって杏奈がそう声をかける。今日もいつも通り、威風堂々と立つ姿は部長という雰囲気がぴったり合っていた。

「えーと、後ろのほう聞こえる? 私は見えないかもしれないけど、声だけ聞こえればいいから。おい、そこしゃべらない! よし、いいね」

 ひとしきり一年生を静かにさせて、杏奈はにっこりと笑う。この部長ならば、おそらくこれだけ人数がいてもうまくまとめていけるだろう。

「さて、みんなたくさん集まってくれたわね。私たち上級生としてもこれだけ集まってくれると嬉しいわ」

 満面の笑顔で言う杏奈。その後ろでは、麻紀もにこにこと嬉しそうに笑っている。

「いよいよ明日は部活登録日。まあ、登録日っていっても、実は明日以降も部活登録は出来るから、明日の登録日以降に入りたいって言う子がいればどんどん連れてきてもらって構わないから、そこんとこよろしくね」

 まだ増やす気なのかとすこし翔太は驚くが、しかし杏奈が次に発した言葉でその考えは百八十度変わった。

「と、いうことで、入部テストを行います」

 ………。……?

「杏奈ちゃん、文脈がつながってないせいで一年生が戸惑ってる」

「ええ? きちんとつながってたじゃん」

 後ろで黙っていた麻紀が突っ込むが、杏奈は自分の発言のどこがおかしかったのか理解していない。正直に言うと、翔太自身杏奈の言葉が理解できなかった。

「あの、先輩」

 すると、一年生の疑問を代表するように良平がすっと手を挙げる。ん? と杏奈が促すと、良平は一年生のだれもが持っている疑問を口にした。

「今までの話の流れだと、部員は多くしたいみたいな印象を受けたんですが、入部テストを行うっていうことは、逆に部員を絞り込むっていうことですよね?」

 すこし関西なまりの敬語だったが、そこには誰も口をはさまない。むしろ杏奈の応答に意識が向いていて、それどころではなかった。

「そう。つまり、部員はほしいけど、量よりも質を優先させようっていう意味。だから、今から入部テストをして、合格した人だけこの部に入部することを認めます」

「それって学校の規則的にありなんですか?」

 別の一年生が手を挙げて質問するが、もちろんよ、と杏奈は答える。

「学校側は部活動の活動やその中身、部の勧誘や入部手続きなどの条件は一切関与していない。基本的に、部活の中の規則は部活の中で決めろっていうことになってるの」

 そのばに一瞬の沈黙が下りる。つまり、この部に入ろうとしても入れないものがいるということだ。

「それで、そのテストの内容はなんなんですか?」

 良平が最も気になる質問を口にする。すると杏奈はにやー、と無言で笑いだす。その笑いはどこか意地悪な印象を受けた。

「テストは、私と麻紀と卓球をしてもらうこと!」

 一年生の間にすこし緊張が走る。卓球部のテストなのだから卓球に関することだとは思っていたが、先輩と打つことになるとは思ってもみなかった。

「今までの仮入部期間で、みんなの打ち方とかは見せてもらったわ。それを見て、経験者と私たちが判断した人は私と、初心者、もしくは初心者と変わらないほどの実力と判断した人は麻紀と試合をしてもらうわ」

 一年生の間にさらに緊張が走る。思い返してみれば、仮入部期間中先輩二人が卓球をしている姿を見たことがない。二人の実力は、全くの未知数だった。

「勝負は五セットマッチの三セット先取制。私たちに勝つか、私たちが実力を認めた人は入部を許可するわ。どうしてもこの部に入りたい人は死に物狂いでかかってきなさい」

 どちらに挑戦するかはこの紙に書いてあるから。そう言って安奈は一枚の紙を取り出し一年生にみるように回す。翔太もその髪をみると当然というかなんというか、自分は安奈のほうに挑戦しなければならなかった。

 その安奈はというと、一年生が紙を見ている間に嬉々としながら自分のラケットを取りだし台の前に立つ。麻紀のほうも自分のラケットを鞄から取り出し、安奈の隣の台についた。

 二人のあまりの行動の速さに一年生はどうしていいか戸惑いを覚える。翔太もどうするべきか立ち尽くしてしまっていた。

「あの、先輩」

 そこで一人の女子一年生が手を挙げた。少ない女子の中でも、人当たりのよさそうな、しっかり者のような雰囲気を放つ一年生だった。

「経験者の子はいいとしても、初心者の子に先輩を倒せるとは思えないんですけど…」

「安心しなさい。麻紀のほうはその辺も考慮して本気ではやらせないから」

 安奈がそう言って麻紀のほうに視線を送る。その視線の意味を悟ったように、麻紀は笑顔でラケットを示して見せた。

「私、本当はシェークハンドのラケットを使うんだけど、今回はペンホルダーのラケットを使うから、初心者の子でも勝つのは無理っていうわけではないと思うよ」

「しかも、麻紀も卓球を始めたのは高校に入ってからだ。十分勝つチャンスはあるわ」

 安奈が付け足すように言って、他に何か文句はあるかしらと一年生を見回す。もう一年生からは質問は上がらなかった。

「それじゃ、誰からでもかかってきなさい。と、言いたいところだけど、こうなるととたんに委縮しちゃうのが一年市だから、トップバッターはこっちから指名させてもらおうかしら。相田君!」

 いきなり名前を呼ばれて、翔太はビクッと肩を震わせる。安奈は一年生の中からしっかりとこちらを見つけているようで、バッチリと視線があった。

「私の最初の挑戦者はあなたにしてもらうわ。中学生で県ベストエイトに入る実力を見せてもらおうかしら」

 挑戦的な笑みを見せながら安奈が肩を回す。翔太は緊張しつつも、恐る恐る前に出た。ラケットを握る手が震える。

「しっかり自分用のラケットは持ってきてるわね? シューズも卓球用のみたいだし」

 一通り翔太の用具を確認してから、安奈はポケットからピンポン球を取りだす。

「それじゃ、始めましょうか」

 半ば強引に、試合が始まった。

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