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僕はセミが嫌いだ。



僕はセミが嫌いだ。
彼らの声は事実上の夏の開始宣言であり、
僕は日本特有の夏の蒸し暑さや照り返しに
耐えられない人種なので
セミの声を聞くとかわいくもない女の子に
義務的にご飯を奢らなくてはいけないような
避けられない憂鬱に近いものを感じる。

また、彼らは7日間という短い命なのだが、
そこら中で場所を問わず死ぬ。
その死体を避けるために
坂本九が絶対に書かない曲のように
下を向いて歩かなくてはいけないのが
とても億劫だ。
オマケに彼らはたまに死んだフリをする。
死んだフリをした彼らは
僕たちがすぐ近くを歩こうとするものなら
決死の思いで耳障りな羽音を立てて飛び回る。
僕らは会話ができないから誰しもが
そんなセミの恐怖におののきながら
生活をしている。
だから僕はセミが嫌いだ。

でもふと前世の記憶を辿ると
僕はセミだったのではないかと思う。
いや、間違いなくセミだっだろう。
根拠はないが、
深夜の商店街にいる胡散臭い占い師にも
僕はセミだったと言われたことがある。
そう言われてから不思議と僕がセミだったと
言われても何も違和感を感じなくなっている。


僕はセミが嫌いだ。
それは同じ大学の大学生を見て
無価値に感じて大学生という生き物を毛嫌いする
同族嫌悪の類なのかもしれない。
そんな前世の僕が住んでいた地中深くは意外と
環境が整っており、
和洋中でご飯を選べる定食屋が近くにあり、
冷暖房完備、オートロック付き、
風呂トイレ別の12畳1Kだった。
地中暮らしの僕は微生物を仕分けする
仕事をしていて給料も悪くなかった。
肉体労働派になると
砂や石をどける仕事になるのだが、
これはかなりキツいと友人が言っていた。
居住空間については
両親がどれだけ生き物として優秀だったかで
間取りや立地が決まってくる。
ここで言う生き物としての優秀さとは
・身体の大きさ
・力の強さ
・声の大きさ
・フェロモン
・トークスキル
・カリスマ性
・知性
これらのことである。

生まれながらにして孤独だった僕は
両親の顔を知らないが、
間取りから察するに
悪い親ではないことは理解していた。
僕達は全員生まれながらに孤独で
親の顔を知らないままに
地中で長い間を暮らし、
名前を呼ばれた順に
外に出て子孫を残し死んでいく。
名前を呼ばれるのは1週間前に
通知の連絡がメールで来る。
そろそろ僕にも通知のメールが来るはずだ。
そう思いながら太陽の光を知らない僕は
部屋の時計が00:00になるのを確認し眠った。

そこからの時間の流れは早かった。
メールが来て1週間の猶予期間を
友達たちと今生の別れを惜しみながら
ハイボールと食材を流し込む日々だった。
友人が皆同じくらいの日程で
外に出るとの事だったので、
地上の世界はどれだけ素敵な世界なのだろうかを
想像しながら1週間という時間を過ごすのは
暇を持て余すことなく有意義な時間だった。

1〜3日目。
僕は午前3時の定刻通り外の世界に出た。
地上は灯りが灯っていて、
街は眠ることを忘れているようにも思えた。
どうやら東京の目黒という街のようだった。
地中で噂では聞いていたが、
これほどまでに栄えている街なのか。
まずは観光してみようと思い
僕は眠くなるまで動き続けた。
人間という生き物が多く、
周囲には猫やハトなどの
危険な生き物がたくさんいたが、
東京タワーもスカイツリーも見れた。
その他主要な観光エリアを見ることができ
満足した僕は2日間眠っていないことに
気付き念の為眠ることにした。
どうもこの身体になってからは
あまり寝なくても動けるみたいだ。

4日目
僕が地上に出たのは観光するのもそうだが、
子孫を残すためでもある。
そろそろ子孫を繁栄するために
女性を求めなくてはいけない。
遺伝子的に優れていた僕は
幸いにも大きな声を出してアピールする能力が
優れていたので
いくらでも女性を囲うことができた。
この日何回セックスをしたか数え切れない。
無尽蔵な体力を使い
おそらく10人は抱いたんじゃないだろうか。
彼女たちは満足気な顔をしている子もいれば、
不満足そうな顔をする子もいた。
全員共通していたのは
僕は彼女たちと一緒に居続けることを良しと
思わなかったので
足早に飛び立たせるようにした。

5日目
子孫繁栄を大いなる目標にしていた僕は
目標を達成しているにも関わらず
前日と同じように
性欲に支配されてしまっていた。

その中でも飛び切りの美人と
体を重ねることができた。
彼女と交わった感触は
他の人と比べ物にならないくらい
素晴らしかった。
少し生意気な彼女は
世間の広さをあまり知らなかったが、
僕が頼りがいのある男だと思ってくれて
僕の後ろに立ってサポートをしてくれたり、
一緒にバカやって笑い合えるような
明るさを持っていた。
周囲に笑顔を振りまきつつも
奥ゆかしくかわいらしい内面だった。

とてもいい子だったし、居心地も良かったので
一緒にい続けようとした。
彼女もそれを快諾してくれた。

だがしかし、
僕達男は同じ女性を抱き続けることに
飽きを感じる生き物。
たったの1日だけど、
僕らにとってはとても長い時間である。
彼女といる事に数時間で満足してしまい、
他の女性を抱きたくなってしまった。
「次の日18時に品川で集合ね!」
その約束をして別れをした。

その後、僕は性懲りもなく
他の新しい女性を抱き続けた。
一人一人性交渉をしているときは反応が違く、
身体の作りも違い、鳴き方も違う。
やはり決まった人と一緒にい続けるよりかは
刺激がある暮らしの方がいい。
そう思いつつも彼女を超える存在は
現れなかったし、
僕の理解者も現れなかった。
「色んな子と会ったけど、
また明日彼女と会えるから楽しみだ。」
そう思いながら、
情も何も入っていない作業的に抱いた子と
その日は眠った。

6日目
少しだけ身体が重い。
身体を酷使しすぎたのだろうか。
昨日よりも頭がボーッとする。
人間がいうところの猛暑だから
僕達も影響を受けているのだろうか。
そんな答えのない理由を探しながらも
僕は惰性で別の女性を変わる変わる抱き続けた。
昼過ぎくらいには
約束の場所にいくために支度を整え出発をした。
少し早めに出たのもおそらく僕が滞在している
エリアはもう最後かもしれないから
観光しときたいなと思い早めに出発した。
東京という街はどこにいっても栄えているし、
それぞれの街が文化を持っている。
そんなことを思いながら街を駆け抜けた。

18時。
定刻通り品川に着いた。
周辺で夜景が綺麗なところでも
2人で散歩しながら愛を語り合い
ロマンチックな夜になればいいなと思った。
期待を想像しているだけで
胸が暖かい気持ちに包まれた。
これが恋という気持ちなのだろうか?
得体のしれない高揚感に
胸が踊り彼女を待ち続けた。

1時間経過したがまだ来ない。
流石に遅すぎる。
僕は周辺を散歩しながら
迷っている彼女を探そうと
必死に周囲を見渡した。
彼女の気配すら感じない勘の鈍さを
呪いながら疲れた足を運び続けた。

そしてようやく彼女の姿が見えたのである。
どうやら彼女は床で
優雅にくつろいでいるようだ。
時間を忘れて呑気なやつだ。
少し生意気な彼女だったことを
思い出しかわいいなと思い
僕は彼女を驚かそうと急に声をかける。

しかし、

反応は一切ない。
話かけても、
身体を揺さぶっても、
何も反応はない。

デート行こうとしていた彼女は
こないだ会った時よりも
少しだけ濃い化粧で
綺麗なワンピースを身にまとっていた。
心なしか彼女の口元が
笑顔になっているように思えた。
唯一、僕が一緒にいることで心が満たされていた
彼女が冷たくなっている。
僕は初めて泣いた。
周りが見えないくらいに泣いた。
好きだった女性との最後のデートも叶わず、
死に目にすら会えなかった自分に
不甲斐なさしか生まれなかった。
同時に僕らの一生の短さを恨んだ。
自分の人生が短いことは理解していたが、
それはパートナーにおいても同じだという
当たり前の事象から目を背けていた
思考の浅さがそのまま自分の不幸の引き金を
引いた。

そんな僕の泣きじゃくっている鳴き声に
引き寄せられた女性を
死んだ魚の目をしながら抱いた。
そこに心はなかった。
工場のライン工みたいな作業の性交渉。
ロマンチックの欠片もなかった僕は
事を終えると足早にその場から去った。
悲しみの海に沈んだ僕は
眠りたくても眠れなかったが
自然と意識が飛んでいき消えていった。


7日目
薄らと瞼を開ける。
陽の光を感じる。
がしかし、視力が著しく落ちている。
手足の感覚がもうない。
石のように硬くなってしまっている身体は
言うことを聞くことを忘れてしまったようだ。
自由に動くことができなくなってしまった僕は
今までの人生を走馬灯のように振り返った。
悪くない人生だったと自分に言い聞かせた。
その最中に近くを通る足音が聞こえる。
「もしかしたら彼女かもしれない」
そう思った僕はほとんど目が見えていない状態で
全力を振り絞り空を舞った。
彼女の影を追って地を這って
死にものぐるいで空を舞う。
そうやって僕はそっと目を瞑り
誰にも看取られることなく死んだ。

僕はセミが嫌いだ。
夏のはじまりは
あの時の彼女の香水の香りを
薄く僕に感じさせるから。

#嘘の記憶

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