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【エッセイ】若い人がクラシック音楽を聴かないのは

一般的に、ポップスは
イマジネーションが貧弱だと思います。
クラシック音楽のほうが聴いていておもしろいのに、若い人はなぜ聴かないのでしょうね。

先月末、逝去した
現代最高のピアニストと名高い
マウリツィオ・ポリーニ氏の言葉である。

冒頭の発言が出てくるのは16:50あたり




彼の問いに、音楽を学びながらも音楽家として大成しなかった、何者でもないわたしが答えるのは違うかもしれないけれど、なるだけ失礼のない範囲で答えてみたい。

もう若くないけれど、わたしは「君の聴いているそんな曲より、私たちの演奏している音楽が面白いよ」と言って憚らない大人の音楽よりも「君がいいと思った音楽を聴く。それでいいんだよ」と言ってくれる大人の音楽が聴きたい。

冒頭の動画のコメントには、
「ポップスのイマジネーションが貧弱なのは、共感ばかりを求めて作るからではないか」
といった意見も見られた。そうは言っても共感してほしいじゃない。多感な時期なら尚更。


ショパンはあまり聴かないけど
この曲は好き


大人なんか大嫌いな子供だったわたしが、初めて「こんな大人になれたらな」と憧れの感情を抱いた大人は、両親でも先生でもなく、ましてや、ピアノや声楽の恩師ですらない。
わたしにとっての素敵な大人は、ホフディランのワタナベイビー(敬称略)。
大人どころか中年になった今でも、ベイビーさんは大好きな大人のひとりである。

彼のことを知ったのは、小宮山雄飛(敬称略)との音楽ユニット「ホフディラン」の曲を聴き始めた、高校の音楽科に籍を置いていた頃だ。

ホフディランは、2人のメンバーそれぞれが、それぞれに作詞作曲し、それぞれの曲を歌うという、少し変わった音楽ユニットである。
言うまでもなくクラシックではなく、スタンダードなポップス。

2002年〜2006年までの活動休止期間を挟み、今年でデビュー28年になる。

デビュー曲の「スマイル」
森七菜さんがカバーして話題になった。



ベイビーさんの作る歌といえば、授業中とても暇だったから君の顔を描いてた(キミノカオ)とか、絶対に遠距離恋愛は続くとか(遠距離恋愛は続く)、かわいくスマイルしててねとか(スマイル)、ぼくのマフラー作ってとか(マフラーをよろしく)とか、ぼくが悪くないのにぼくが怒られたとか(僕が怒られた)、

とにかく日常生活のなかで、キラッと光る瞬間だったりモヤっとする瞬間だったりを切り取ったものばかりである。

なかにはプライベートなこと、たとえば長く付き合っていた彼女との日々だけじゃなく、その人との別れだったり、結婚したことや子育てに奮闘する日々、子どもたちへのメッセージがこもっていたりする歌も少なくない。


2022年発売のアルバム「Island CD」収録曲
小中学生をひたすら応援する歌詞
グッとくる。


ソロアルバム「GOLDEN BABY」収録曲
子育てしてるいま聴くと
より泣きそうになる名曲。


高校のころから今日に至るまで、ベイビーさんの作る歌がことごとく心に刺さり、また、わたしなんてもうダメだとささくれていた時期に、ずいぶん支えになった。



数ある名曲のなかで、最も響いたのが、
「君だけ信じりゃいいだろう」という曲だ。
この曲は未発表曲であるものの、ファンの間では隠れた名曲とされていて、ベストアルバム「CDVD」にも収録されている。

以下、2番の歌詞より一部抜粋。


政治家の言うことも
友達の言うことも
彼女の言うことも
ハテナ ハテナ ハテナ

僕がおかしいの
みんながおかしいの
どっちがどっちか
わからなくなるよ(ここ?)

右にも左にも
嘘つきばっかりだ oh
yeah yeah yeah yeah
君だけ信じりゃいいだろう

歌詞がネットに出ていなかったので、
いいかどうかわからないけど
耳コピしました……


「こういう音楽は良くない」とクラシック音楽筋の先生方にいくら注意されても、ゴリゴリのロックやヒップホップを聴くのをやめなかったのは、この曲があったからだ。

自分の「いい」と思える物事を否定しなくて済んでいるのは、ベイビーさんのおかげである。


それからベイビーさんは、いつも等身大である。気取ったり、威圧的だったり、へりくだったり媚びたりする姿を見たことがない。

ライブでMCをしているときも、なんだかトンチンカンなことをお話しになって、ユウヒさんに突っ込まれる鉄板のくだりがたまらなく面白い。

もう20年以上前になるけれど、たしかスペースシャワーTVというケーブルテレビの音楽チャンネルに「熱血! スペシャ中学」という番組があった。

新進気鋭の(主にデビューしたての)ミュージシャンが生徒役で登場し、いとうせいこう(敬称略)が先生役で進行する音楽バラエティ。ミュージシャンではないけれど、女生徒のひとりには安めぐみ(敬称略)もいた。


ベイビーさんはその番組の準レギュラーで、天然なお人柄から何でもかんでも発言するので「お前だけ自由だもん」といとうせいこうが狼狽していたのが懐かしい。

ツアー先でカツアゲされたとか、そんなことまで喋ってしまうので、何度もお腹を抱えて笑ったものだった。

同時に、ご自身の失敗談を面白おかしくお話しになるベイビーさんに、わたしは痛く励まされた。なんだ、ベイビーさんったらダメなひとだなぁ、なんて思えば思うほど、わたしだって社会不適合者、ダメな人間なんだけど、なんだ、それでいいんじゃん。と、そんな自分を認めることができた。

ベイビーさんだって人見知りで、コミュニケーション取るの苦手らしいし、朝起きられないみたいだし、と、自分自身とベイビーさんの共通点を洗い出しては、そこもベイビーさんの愛されるところなんだから、わたしだってそのままで問題ないのかも、と前向きになれたのだ。


紹介した「スペ中」とは別番組になるけれど、
この番組のベイビーさんも相当おもしろい。
ご興味のある方は、ぜひどうぞ!


たしかにポップスには、クラシック音楽にあるような緻密な構成、様式美なんてものはないのかもしれない。

それでも、ポップスのシンプルかつ軽妙な曲に乗せて、「キミだけ信じりゃいいだろう、ねえ?」と、決して美しくはないけれど味のある声で歌ってくれるベイビーさんの曲こそ、わたしの心の栄養になっている。

若かったあのとき必要だったのは、崇高で美しい、上質な「ホンモノ」の音楽じゃなく、ポップでキッチュでスウィートで、ときにはゴリゴリの、耳にさわる音楽だった。


クラシック音楽の先生方が、プライドとか権威とか本物志向とか、そういった「お上品な衣」を全部脱いで、我々と同じ目線で等身大の自分を語りだした時、若い人たちはクラシック音楽を聴くんじゃないか。

とはいえ、ある程度年齢を重ねないと良さがわからないものはある。その代表的なものがクラシック音楽なのだろうから、若い人たちに無理に良さをわかってもらわなくても、と思わなくもない。


まさかドビュッシーもお弾きになったとは!
ポリーニ氏のご冥福をお祈りします。

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