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書評:「リュウソウワールドへ行こう!騎士竜戦隊リュウソウジャーエンジョイブック 」は神のバックステージPASS

本書は2019年春刊行の「Wレッドが出来るまで」に続く株式会社リブレが発行した東映監修ムック本の2作目にあたる。


●二人でひとつ!心はひとつ! ファン待望のリュウソウジャーキャストとスーツアクター対談を6組分掲載!!【メインキャスト×スーツアクター対談とグラビア】コウ/一ノ瀬颯+伊藤茂騎、メルト/綱啓永+高田将司、アスナ/尾碕真花+下園愛弓、トワ/小原唯和+蔦宗正人、バンバ/岸田タツヤ+竹内康博、カナロ/兵頭功海+岡田和也●こちらもふたりで作り上げる!【ティラミーゴ対談】声優 てらそままさき×アクター おぐらとしひろ【巨大ロボ対談】特撮監督 佛田洋×キシリュウオー 藤田洋平【ドルイドン一味より/上司と部下!?対談】ワイズルー 草野伸介×クレオン 神尾直子●仕掛け手たちの情熱インタビュー!プロデューサー 丸山真哉×脚本家 山岡潤平/パイロット監督 上堀内佳寿也/アクション監督 福沢博文 ●リュウソウジャー×ティラミーゴの撮り下ろしグラビアもあり!●ティラミーゴ避暑地オールロケ密着撮り下ろしグラビアは必見 ♥
引用元 <https://libre-inc.co.jp/catalog/detail.php?product_id=16897>

既存の他誌にHEROVISION発のキャラクターブックがあるが、本書との最大の違いは

”裏方”への光の当て方

ではないだろうか。

帯の文章に「キャスト×スーツアクター、2人でひとつ!心はひとつ!」を掲げ、同じく帯文の「この本でさらに楽しめるところ」にアクター対談、仕掛け人たちの情熱インタビューを挙げていることからもわかるが、
さらに具体的にいうと

 ◆キャラクターブックがキャストのグラビア・インタビュー・座談会メインの構成であるのに対し、本書ではキャスト「のみ」の座談会は僅か6ページ
 ◆冒頭のコンテンツがキャスト×スーツアクターの対談
 ◆プロデューサー、脚本、監督、アクション監督、特撮監督のインタビュー・対談を網羅

などいった、リュウソウジャーという東映特撮作品において柱となる役割を担う人物の各々の記事により、それぞれの立場からの本作への解釈、方向性、実際に稼働したときの悲喜こもごも、そして並々ならぬ情熱を読み取ることができる。

以上のことから私は本書のねらいを

キャストのみならず、いわゆる「裏方」の存在をも大々的にフューチャーすることで、読者に本作品の制作過程(バックステージ)を追体験し作品をより愛して(エンジョイして)もらう

だと読み取った。
そして結論から言うとこのねらいに対し本書の内容は

十二分にアンサーの役割を果たしている、といえる。

本書の構成は、もちろんキャストの写真を全面的に使ったグラビアページもあるが、顔がテレビに出ない人物に割いているページが多い。

つまり

キャストと裏方という表と裏の二者関係ではなく

キャスト・スーツアクター・声優・制作陣(各種監督)といった
「リュウソウジャー」をつくる主要な役割の人たちという

チーム全体を見せるスタンスで書かれている。

これにより、読者は自然とリュウソウジャー"チーム"を俯瞰で見る感覚へと導入される。さらに、この俯瞰の状態から徐々に個人にズームアップしていくことで今度はそれぞれの役割をもった個人の考えを知ることができることが本書の特徴だ。

たとえば、
リュウソウレッド・コウというキャラクターは俳優・一ノ瀬颯氏とスーツアクター・伊藤茂騎氏の2人で演じられているわけだが

一ノ瀬:(26話で)これまで語られていなかった、コウの過去が出てきたんです。昔すごく暴力的だったところ。それで、いつものコウとは明らかに違うので「うわー! これどうするんだろう?」って思ったんですけど(中略)台本の「乱暴者だった」って字面だけ見ると、とにかくハデに暴れまわるのかなってイメージだったんですけど、アフレコの時に見たら、シゲさんはどちらかとうと静かな……。
伊藤:冷静に、冷たい感じの雰囲気にしたかったんですよ。あのときは監督ともかなり話しました。今まで純粋で真っ直ぐなコウを積み上げてきたんですけど、実はそういう過去があったってことになると難しくて……どうやったらキャラクターを崩さずに、今のコウにつなげられるかって考えたんです。それで、自分的には「純粋だったから真っ直ぐに強さだけを求めたんだろうな」と思って演じたんです。
一ノ瀬:ちょっと狂気を感じるような演技をされていて、これは僕には想像できなかったなって。
(本文18ページより)

この語りの中からは、一ノ瀬氏にはなかった発想を伊藤氏が演技で表現してくれたことで、ただの"暴れん坊"、よりも視聴者をより一層惹きつけ、かつ現在のコウと矛盾しない「昔のコウの性格で暴れる現在のコウ」が生まれたことが汲み取れる。

また、キャラクターの性格・感情を「顔」で表現(もちろん顔だけではないが)できる役者、マスクで隠す分「全身」で表現するスーツアクターの対照的なそれぞれの立場が相互作用しキャラクターが洗練されていく様相もこの対談からは数多くうかがえる。

たとえば、リュウソウゴールドを演じる俳優・兵頭功海氏とスーツアクター・岡田和也氏との対談においての

兵頭:まだまだ全然勉強中なんですけど、岡田さんの滑らかな動きは少しでも取り入れたいと思っています。特に意識しているのは手ですね。手の表情が、なんて言葉にすればいいのか悩ましいんですけど……「セクシー」というのがいちばんしっくりくるような(笑)。見ていてすごいなっておもったので岡田さんに直接うかがってみたんですけど、やっぱり指先までしっかり意識されていて(中略)それに気づいてからは僕もたとえセリフがなく立っているだけのときでも棒立ちにならないよう、手の表情なんかにも神経を使うようになりました。
岡田:いや、セクシーは狙ってやってるんじゃないんですよ(笑)僕らは芝居するときに表情が封印されるじゃないですか。顔があれば眉の動かし方や口角の上げ方ひとつで様々な感情を表現することもできるけど、それが封じられているので、たとえば肩を動かすのか、あるいは呼吸で表すのかという限られた中では僕は「指」を特に意識しちゃうんですよね。
(本文70ページより)

という部分などは特に象徴的だ。

さらに、スーツアクター側ならではのキャラクターについての考察も新鮮で

岡田:基本的には動きは福沢(博文/アクション監督)さんに考えていただいてるんですが、モサブレードはナイフだと思って扱っています。
(本文71ページより)

という岡田氏の語りを受けて、海のリュウソウジャーで成人男性として戦力になれるのはカナロ一人であることを考えると、常に誰も頼れない戦況で確実に敵に致命傷を負わせられる戦術を考えるうちに自然とモサブレードをナイフのように使い戦術を極めていったのかもしれない、という背景が想像できた。スーツアクターの語る武器の解釈のから、海のリュウソウ族男子としての哀しくも厳しい使命の存在を考えさせられ、よりカナロというキャラクターが深みを増していく。

このように、メインキャラクターひとつをとっても2人の人間の解釈・意思・表現の共同作業で作られていることがありありと伝わってくるのだ。

また、放送当初から反響が大きかった巨大ロボ戦を担うロボ役のスーツアクター・藤田洋平氏と特撮監督の佛田洋氏の対談も見ものである。

キシリュウオー役の藤田洋平氏はもともと「ロボ役」を志願していたらしく、この作品から日下秀昭氏とバトンタッチする形でロボをメイン役に担当している。キシリュウオーが既存のロボの「高下駄」から「シークレットシューズ」構造の足になったことをはじめ全体的に可動性をかなり良くしたことで藤田氏の長身とパワーを存分に生かしCGでは描ききれないワイヤーアクション、壁走り、決めポーズの脚をクロスさせるような形で今までにない迫力と臨場感あるロボ戦を可能にしたことや今後の可能性についてが詳しく語られている。また、藤田氏の長身ぶりはグラビアページをみると一目瞭然で、特に脚は50メートルあるように見える。

さらに、全体を統括し製作の指揮をとる立場にあるプロデューサーや監督の視点での語りでは、インタビュアーに特撮作品を常に追い続け各作品の意図や良さを味わい、数々のスタッフインタビューを手掛けた大黒秀一氏の起用をしたことで、ファンが「この回のこの話、聞きたい!」と思っていた部分について痒い所に手が届くインタビューをしてくれる。

たとえば、キャラクターの心の機微を表現することに強いこだわりが感じられる上堀内佳寿也監督へのインタビュー内で、トピックの一つに、26話で初出した幼馴染の過去についての語りがある。そこでは

上堀内:実は最初の時点では具体的に言葉にした記憶がないんですけど、きっと幼なじみなんだろうなぁというのは共通認識としてありましたね。(中略)ただ、詰めて考えていたわけではないので、のちにああいったエピソードに発展したのは僕もビックリしましたね
(本文104ページより)

と語られており、リュウソウジャーのメインキャラクターの背景と関係性についての監督の認識を知ることができた。

26話はナダ初登場話でもあるため、多くのメディアやインタビューでは26話と言えばナダにフューチャーするものが多かった中、他メディアでは知ることができなかった重要な制作秘話をきけたことは大変貴重である。また、他のキャラクターに関する描写のこだわりなども、その思考プロセスごと丁寧に掬い取り、表現されている。

そして作品全体の意図として、メインプロデューサーである丸山真哉氏×メイン脚本家である山岡潤平氏との対談の中ではこの作品の根幹ともいえる部分について

丸山:実は『リュウソウジャー』は悲しい物語なんです。メンバーがみんな戦うことしか知らない子たちという(中略)そんな戦う使命を背負って、下手したら500年くらい地球を守っていかなきゃいけない。長生きだから楽しいとかではなくて、ずっとツラい運命の中にいるんですよね。だからこそ日々を明るく生きてほしくて、キャラをわざと明るくしているところがあって。(中略)本当は真面目で暗い話なんですけど、それをどれだけ山岡(脚本)さんの小ネタでパッと見はバカバカしくて楽しい番組だと思われるようにしようかというのは常に考えています。(本文103ページより)

という語りがきかれた。

ここから私が連想するのはそれこそ本物の戦争での広島での出来事をもとにできた「この世界の片隅に」という映画だ。
「この世界の片隅に」では、主人公の「すずさん」の暮らしを通して、真面目で暗い戦時中でも、毎日のひとつひとつの些細な日常のエピソードの中には笑える、楽しい、出来事が確かに存在していたことを丁寧に描き伝えている。その結果、見ている側は「暮らし」と地続きである「戦争」の生々しいシビアさも肌で感じてしまう。

この物語と、マスターを失い命がけの使命を果たそうとするリュウソウジャーの物語の構造はまるで重なっているように感じられる。

大局としてみればリュウソウジャーは真面目で暗い話なのだが、その中にあるひとつひとつの日々には悲喜こもごもがあり、それを大げさに「バカバカしい」ほどに表現することは、一見現実離れしているように見えて実はよりリアルな、厳しい現実の描き方なのかもしれない。

このように丸山氏が意図したコメディ感の理由を知ることで、今まで単純に笑い飛ばしてみていた様々なお笑い要素も、そのひとつひとつがリュウソウジャーたちがおそろしいほどに厳しい戦いの中で必死に生き抜いた証に続いているのだと、改めて心に響いた。

さらにこの対談内で脚本家の山岡潤平氏はキャラクターの過去のとりあつかい方について

山岡:他の作品だと、過去がめっちゃあって、回想シーンもたっぷりあって、その過去を乗り越える話もあったりしますよね。個人的には過去を掘ることが人物や物語を掘り下げることだとはあまり思っていなくて。それはあくまでバックボーンであって、それを踏まえた今の言動からそういう過去やキャラクターが見えてくるのが一番理想的なホンだと思うんです。 (本文101ページより)

と語っており、一見エピソードの振れ幅が大きいように見えるリュウソウジャーという作品において、本質的にはブレのない、一貫した意図のもと二人三脚でこの作品の骨子が描かれたことがこの対談からは伝わってくる。

このように、リュウソウジャーに携わる様々な役割の人々からそれぞれの語りにふれることで、読者はまるで作品のバックステージを追体験したかのように本書を堪能できる。

帯の裏表紙にかかる側の、一番上に9ptくらいの大きさの文字で

"お芝居、アクション、仲間と作り上げる絆…苦労も幸せも、知れば知るほど愛しくなるリュウソウ族たちと遊ぼう!”

と慎ましく書いてあるが、実はこれこそが本書の本質であろう。それがこんなところにさらりと一行で書き抜かれているのは何という粋な話!

この帯文に書かれている「リュウソウ族たち」というのも単にコウ、メルト、アスナ…というキャラクターのことではなく「リュウソウジャーをつくるチーム」を指していると、本書を通じて解釈できる。

すべての記事に読みごたえを感じられ、「エンジョイ」というタイトルから想像するその100倍はエンジョイできる、B5サイズにリュウソウジャーの世界をつくる東映撮影所そのものがみっしり凝縮されたような濃密な一冊であり、全てが見れる神様のバックステージPASSである。リュウソウジャーが好きな人はもちろんのこと、この物語がどのように作られているのかの関心がある人にはぜひ読んで欲しい。
そして今後もリブレによる、このような着眼点でのムック本の出版をぜひとも期待したい。


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