うどん屋での話
午前中に降り続いた雨も止み、空気と道路に潤いを見せる午後。時刻は14時。僕は近頃頻繁に訪れる家から歩いて5分ほどのうどん屋に向かった。
繁華街にかけられた店舗の看板からはまだぴたぴたと雨の雫が落ちる。6月下旬の雨上がりは、少し肌寒くも感じ、少し蒸し暑くも感じる、両生類にとっては1年で1番の過ごしやすい気候と言えるのだが、我々人類にとってはとてももどかしく憂鬱な気候だ。
大きな暖簾がかけられたうどん店。店内空気の循環のためか、扉は開け放たれていた。
店内に入ると、空席がパラパラと目立つ。お昼時や夕飯時には店外に行列ができるほどのこのうどん店も、この時間だと客席はまだらだ。
「いらっしゃいませぇ、空いてるお席へどうぞ」
僕はこの言葉があまり好きではない。
いくら空席が目立つと言っても、どこに座るかは誘導してほしいし、店員さんにとっても誘導した方が都合が良いに決まっている。仕事を行いやすい導線や、次に来るお客さんを埋めていく際にもこの時間の誘導はとても大事なものになると思っているからである。
僕は店の入ってすぐの席についた。
すぐに注文を始める。
女子大生風の店員さんが注文をとる。
「鶏天タルタルとかけうどんをお願いします」
「鶏天タルタルとかけうどんですねぇ、かしこまりました」
僕はここのうどんと七味がとても好きで、いつもこのメニューを注文する。鶏天はとてもあっさりしているのに柔らかく、タルタルも同様にすごくさっぱりしていて酸味が効いた爽やかな味わい。鶏肉の濃厚さと歯応えのある食感が楽しく、うどんだけでは腹が満たされない事が多い僕はこの鶏天タルタルを頼むことによって、このうどん店での至極の組み合わせを編み出しているのだった。
厨房では、東南アジア風の外国人店員さんがせっせとうどんを茹でていて、その手つきは日本人さながらなザルさばきであり、とても微笑ましく思えた。
「お待たせしましたぁ」
女子大生風の店員さんがうどんを持ってきた。
「鶏天タルタルぶっかけうどんです」
いや、ぜんぜん違う
僕が頼んだのは"鶏天タルタル"と"かけうどん"である。
僕は全く苛立つ事もなく
「あ、違います、鶏天タルタルとかけうどんです」
と、伝えた。
女子大生風の店員さんは怪訝な表情で
「あ、はい」
と言って引き下がった。
僕が悪かったんだ。鶏天タルタルとかけうどんと注文しないで、かけうどんと鶏天タルタルと伝えれば良かったのだ。あの女子大生風店員さんは悪くない。
僕はふっと一息ついて、再びうどんを待った。
「お待たせしましたぁ」
再び女子大生風の店員さんが現れる。
「鶏天タルタルぶっかけうどんです」
はぁ????
こいつ頭おかしいんか?
僕は苛立ちを抑えて淡々と話す。
「かけうどんと、鶏天タルタルです。単品と単品。あとあったかいの、これは冷たいのなんで、全然違うんです」
「あ、はぁ」
あはぁーんじゃねぇよこのメス豚。そのでけぇ鼻の穴に指2本突っ込んでガシマンしてやろうか、とは言わずに僕は再びうどんを待った。
「お待たせいたしましたぁ」
「鶏天とかけうどんです」
「いや、タルタルぅぅぅぅう!」
さすがに僕は少し苛立って、タルタルぅぅぅぅう言うてしまった。
「あ」
とだけ言って鶏天を下げる店員さん、その鶏天にタルタルをかけてすぐに戻ってきた。
あまり時間がなかったので急いで食べることになった。
テーブルに置かれた伝票入れには"鶏天タルタルぶっかけうどん 980円"と印字された伝票が刺さっていた。
うどんをすすっていると厨房の中から声が聞こえた。先ほどうどんを茹でていた東南アジア風の外国人の声だ。
「アナタハ、マズマチガエタラスグアヤマル!オキャクサンニ!アタラシイデンピョウモッテイク!アヤマル!ハイ!」
僕はなんだか心が温かくなった。
新しい伝票を持って女子大生風の店員さんがやってきた。
「大変失礼いたしました。こちら新しい伝票です」
少し苛立ちを見せた自分が恥ずかしくなってきた。
早々に食べ終わってお会計をしようと店員さんを呼んだ。
「お会計2280円でぇす」
僕はそそくさとお会計を済ませて店を後にして駅に向かった。
てくてくと歩き、駅に近づいているときにはっとした。
2280円?????
ぉまえこれ、鶏天タルタルぶっかけうどんもついとるやんけ!!!
今こんな顔でnote書いてる。
終
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