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大恐慌

カネは天下の回り物という。本来は、金銭は人々の手を転々と渡っていくものであるから、その持つ、持たないは時とともに変化する、という意味である。しかし、ここでは、金銭は人々の手を渡っていく中で、初めて付加価値の発生に貢献する、という意味で使っている。

経済学には、 流動性(リクイディティ)という用語がある。資産の処分しやすさ、というのがもともとの意味である。素人の描いた絵には値段が付かないが、名画ならばすぐに売れる。土地、金銀、あるいは現金の流動性はすこぶる高い。金銀を貯めこんでも宝の持ち腐れであることはアダム・スミスが指摘したことである。経済を拡大したければ、カネを回すことを考えるべきである。流動性は実際には、マクロ経済学において通貨量のこととして使われる。経済の統計データには名目と実質があるが、名目の値を大きく左右するのがこの流動性である。

ここで、金本位制についての議論に入る。これまで人類が掘った金(きん)はプール数杯分、という言われ方をする。つまり、1年や2年でそれほど増えるものではない。となれば、金本位制を採用すると、通貨量という意味での流動性は増えにくいので、経済成長のボトルネックになる。大人が子供の服を着ているようなものである。そこで、金の量をドル紙幣で補い、各国国内ではそれぞれの不換紙幣が通用する金ドル本位制という方法が第二次大戦後は採られることになった。それも矛盾があらわになり、不換紙幣のみが使われる管理通貨制が現在の制度である。

それはともかく、金本位制は、金という世界共通の交換手段をつうじて国際決済ができる非常に便利な制度であった。ただし、この金を自国の兌換紙幣と結びつけるために、中央銀行のコミットメントが必要である。コミットメントとは、兌換紙幣の価値を金の量に釘づけること、私人と無制限に金を売買すること、そして、金を法定の国際準備として保有すること、である[1]。このコミットメントによって、各国通貨間の相対的関係、つまり為替相場、はほぼ決定する。「ほぼ」というのは、金の輸送費を加味していないからである。下に金本位制のもとの為替相場の例を挙げる。

金1オンス=20.67米ドル
金1オンス=4.247英ポンド
→ 1ポンド=4.866ドル[2]

為替リスクが小さいので、金本位制は国境をまたいだ貿易と投資を助長する。さらに、それには貿易収支を自動的に調節する機能があるとされる。詳しく説明しよう。輸出が増加すれば、または、輸入が減少すれば、金が国内に流入してその量が増え、物価は上昇する。すると、他国は高い自国の品を買わなくなるから、今度は輸出は減少し、輸入は増加する。逆に言えば、輸出減少や輸入増加で金が外国に流出すれば、物価は下がり、今度は輸出が増えて、輸入が減ることになる。このように、金の輸出入は自然に収束していき、IMFのような国際機構が経済政策に介入しなければならない、ということはないとされる。

もちろん、国際収支は貿易収支だけから成るのでなく、投資や利子・配当の収支もある。輸出が好調な産業に外国から投資が押し寄せれば、輸出はさらに伸びるであろう。また、国境を越えて移動するのはカネとモノだけでなく、移民もある。物価水準が高いということは賃金も高いということであるから、輸入品の代わりに移民労働者が来るかもしれない。すると長期的には、輸入はあまり増えず、輸出も減らない。金本位制にあると考えられる貿易収支の自動調節機能は、あくまで理論的なものである。

今回のテーマは、ベルサイユ条約の「経済的帰結」と大恐慌後における国際協調の失敗を、通貨(金融)と貿易の側面に着目して論じなさい、である。

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