平安時代 と あき竹城 と 教養 の話
あき竹城さんが亡くなった。
というニュースが、ちょうど同年代の人とテーブルについている時にLINEニュースで通知が来た。
ついつい、声に出して読んでしまった。
あき竹城といえばシミーズ
あき竹城といえばシミーズなんです。そうなんです。
その場では、にけつだけで話していたのかと思っていたので(すべらない話でも話してたの忘れてた)、そんなこと、この場で伝わるわけ、、、
、と思ったら、先輩が「あき竹城といえばシミーズしか出てこないんだよね、、、笑、、にけつで、、、笑」と、もう1人も「シミーズ笑」というリアクション。一体感に包まれるテーブル。
その頃、私はM-1の感想を話せる人がいなくて悶々としていた時期。これが関東か、、、と、、、悶々としていた。私も感想戦がしたかった。
でも、でも、ここにいたのか!!と楽しくなった。
これって平安時代の枕詞と一緒
この時に、これって平安時代だと思った。
「あをによし」が出てきたら「奈良」という法則があると、これは枕詞だから覚えないといけない、と古文の授業では教わるけど、そういう感じじゃないなと。
「あき竹城」が出てきたら「シミーズ」と言うと、楽しい。その知識がある界隈の人たちで一体感が生まれる。
そんな内輪のノリだったんだなと。
教養って人生がカラフルになる
すべらない話って一種の教養だなというと言い過ぎだけども、教養があるって毎日を楽しくするなと感じた出来事だった。
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