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汚部屋と闘う女

 私の人生は汚部屋との闘いであったと言っても良い。
 まず私を苦しめたのは私の母である。彼女は料理以外の家事に滅法弱く、異様な綺麗好きの母(私の祖母)に育てられた父と家が綺麗だの汚いだのでよく喧嘩をしていた。小学校に上がるや上がらないやのうちに、料理以外の家事は私に任されるようになった。なんと、家に客人が来る時ですら「お母さんは料理で忙しいでしょ!」などと怒鳴っては、子どもに大掃除をさせる始末であった。
 幼い頃から、今で言うところの「丁寧な暮らし」に憧れがあった私は、きちっと片付けられた家に暮らす友だちが羨ましかった。何でうちの母はあんなにだらしがないのであろう。子どもながらに恥ずかしかった。出来ることはしたつもりだが、私自身も遊びたいし、他のきょうだいが一つも手伝いをしないのに、私ばかりに負担がかかることにも複雑な気持ちがあり、家は常に汚かった。
 私が18歳になり、大学受験を終えた時、真っ先にしたことが家の大掃除である。同じく汚屋敷育ちの友だちとそれぞれの家に泊まり込んで二人で何日かがかりで行った。私の母は、よく汚屋敷・汚部屋メーカーの問題点として挙げられる「ゴミでも捨てられたら激怒する」という特徴を持ち合わせていなかった。何なら必要なものまで捨てても怒ることはない。これは彼女の持ち合わせる数少ない美点と言って差し支えないだろう。私は家の中にある自分が不要だと思うものをそれが例え誰の物であっても容赦なく捨てた。誰も弾けないのにずっと鎮座していたピアノはタケモトピアノに電話して引き取ってもらった。発生したいくばくかのお金は私と友だちのポケットに収まった。審美眼を持ち合わせていないので、母が大昔に買った高いタッパウェアは捨ててしまい、100円ショップで買ったプラスチック容器は置いておく、と言った頓珍漢な捨て方ではあったが、どんどん物を減らし、そこに掃除機をかけ、拭き上げてを繰り返していくと家が綺麗になった。父は喜び、私と友だちをホテルのお寿司や懐石料理に連れて行ってくれた。
 友だちの家ではそう簡単に物事は運ばなかった。そう、ご両親が「ゴミでも捨てられたら激怒する」タイプの人たちだったのだ。使い切った化粧水の瓶でも「綺麗だから飾りになる」と言って手離さない。そもそも物が多過ぎて、足の踏み場も怪しいのに飾りも何もないもんだ、と私は思っていた。古びたすき焼き鍋を捨てたことで怒られた友だちが泣いているところも見た。私の家と同じ日数泊まり込んだが、ちっとも綺麗にならなかった。
 この話には後日談がある。私の父はその年起業し、年収が前年の3倍になったのだ。その後も順調に年収は増えていった。一方、友だちの家はローンが払えなくなり、家を手離し、両親は離婚することになった。私にはどうしてもあの時の掃除への態度の差が現れた結果のように思える。だから私は今でも掃除の神様は絶対いるんだ、と信じている。ちなみに私の母が片付けは出来ないが性格は良い、御し易い人、という風に思う方がいらっしゃったらそれは断じて違うと言わせて頂きたい。人に片付けてもらったことも忘れて、家が綺麗になったのを自分の手柄のように吹聴している。自分は頭が良いから、家が片付くシステムを構築出来ていて、だから家を綺麗に保つなんて簡単なんだそうだ。話していると頭が痛くなってくる。
 次に私を苦しめたのは何を隠そう私自身である。私は片付けることは出来るのだが、その状態を保つことが全く出来ないのである。常に創造と破壊を繰り返すような部屋に私は疲れ切っていた。実家暮らしの時も一人暮らしになってもそれは長らく変わらなかった。所持品を減らさなければにっちもさっちもいかないと思って、コレクションしていた食器や絵、本などをメルカリで二束三文で売り払ったがそれでもダメだった。ところがメンタルを病み(部屋が汚かったせいではないと思う)、処方された「レキサルティ」という薬を飲み始めてしばらくしたら、バシッと綺麗な状態を保てるようになった。どういうメカニズムでそういうことが起こるのかは全く知らないが、小さい頃から苦しめられていた自分の特性との闘いに、あっけなく終止符が打たれた。
 そして今私を苦しめているのは職場の人たちである。5,60人で一緒に働いているが、オフィスを掃除するのは私だけである。掃除はしないが汚すことは盛大に汚す。シュレッダーの屑を撒き散らしても掃くこともしない。別に私は掃除をするために雇われた人ではなく、他の人たちと同じく専門職だし、嫌な言い方だが、私だけが女、なわけでも、私が一番若いわけでもない。オフィスのゴミを集め、掃除機をかけ、手洗い場を磨く。好きでやっているからやらせておこうと思っているのだろうか。実家での癖が抜けず、ついつい物を捨ててクレームを入れられる(予告はしましたが…)。損な役割だよなぁ、と思いながら今日も汚部屋(オフィス)と闘っている。
 

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