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ジェンキンス『平和への道程』


Chère Musique


人間同士で傷つけ合う人たちのことを考えていたら、2015年秋に書いた、古い感想文が見つかりました。


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真実、現実、理想

そういう、直視するのに勇気が必要なことたちを、ひとつの音楽作品にしよう

これは、簡単なことじゃない。


芸術作品を、人の娯楽のためじゃなく、自分の魂の迸りとして創らずにはいられない人たちは、「そこまで出来る力が欲しい」とたぶん一度は願うはず。


わりと楽に出来そうなのは、ひとつのことをだけを、叫ぶような音たちにして表すこと。
または、‘すぐには伝わらなそうな小難しい表し方’でもいいなら、これも出来そう。




Karl Jenkins カール・ジェンキンスの

『Armed Man  : A Mass For Peace
(武装した男:平和のためのミサ曲)』

邦題は『平和への道程』


「延々と愚かな戦いを続けている人間」についての、真実、現実、理想を。

熱く滾る作曲の本能にそのまま安易に身を委ねきってしまわずに、冷静に。
たくさんの資料を集めて、それらを出来るだけ深くまで研究して。
人の心を動かす作曲技法を工夫して使い。
その上で、純粋に想いを込めて、伝わりやすく、わかりやすく、簡単な構成で。

そんな風に創り出された大作です。


世界中の様々な戦う人間たちの、悲惨さと愚かさと悲しみと恐怖を歌う作品を織り込んでいる組曲。

枠組みとなっている土台は、キリスト教のミサ典礼文です。

その中のミサの各曲に、

フランス古謡の兵士の歌
イスラム教の祈り『アザーン』
日本人の原爆詩
作曲を依頼した兵器史研究家の体験詩
アメリカ軍の軍葬ラッパ

これらが挟まれている構成。


こう文字にすると、なんだか難しそうな音楽のように見えるけど、とっても聴き易くて解りやすいです。


ものすごいチャレンジだったと思う。
こんな音楽作品は他に類がない。

https://youtu.be/Oc8bc-bA1JM?si=dKBJ2BT2YHBsd1Rd



ジェンキンスは今71才で(この文を書いた2015年当時は)、イギリスの音楽界の重鎮。
元々はJAZZミュージシャンで、架空言語による合唱とオーケストラで奏でる変わった音楽『アディエマス』で有名な人。
そのひとつが、日本ではNHKスペシャル『世紀を超えて』のテーマ曲になり、その作者として知られています。



ずいぶん久しぶりに作品そのもので、いつの間にか泣いていた。。。



たまに体験させてもらえるのは、ゾクッとなったり、カァーっとなったり、ドキドキしたり、持ってかれちゃったり、そういう感動かな。

がんばってるね!っていう涙もたまにある。


でもこれはそういうのじゃなく、作品そのものが私から無意識の涙を引き出した。
周りにも、こぼれる涙に戸惑ってる人が何人もいた。



演奏者の力がもちろん大きいでしょう。


東京アカデミー合唱団第61回定期演奏会
11月6日(土)東京オペラシティ・タケミツメモリアル・コンサートホール、オケは東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、指揮は秋山和慶さん


ジェンキンスの有名な曲はひと通り好きなので、期待して行きましたが、その期待の何十倍もの何かをもらいました。


合唱団の年齢層が比較的高めなのが、私の所属するMMCTと似ていて親近感。
現代音楽の和声とリズムに、果敢にチャレンジしていて、細めだけどとても美しい音色でした。
たぶん全員がこの歌詞にそれぞれの想いを目一杯込めて表現しようとしている、その熱さが伝わってきました。

オケはとっても安定していた。
弦の音程が少し不安定な時もあったけど。
技術の高さに頼りすぎず、真摯に世界を作ろうとしていたのが良かったな。
軍葬ラッパはホンモノみたいで、響きの柔らかさに意味がこもっていました。

歌もオケも、秋山先生の要求に応えられていたと思いました。

アザーンはアフガニスタンのDr.メーディ・アーマディヤールによる朗詠。
プログラムによるとこの方は国際教育の学者さんで、自国の地雷被害者のための国際的な教育支援事業でもたくさん活躍されている。
すごい迫力の声だった。

そして感動の助けになったのは、ラテン語も英語も全部の字幕を出してくれたこと。
これはありがたかった。

この曲の前に第一部で演奏されたのは、F. Mendelssohn Bartholdy メンデルスゾーンの『詩編115編op.31』。
絶妙な組み合わせだと思う。

メンデルスゾーン音楽の純粋さと奥行きの深さが、ジェンキンスを聴く素地を私たちの心の中に作ってくれたような気もした。


感慨深い体験でした。

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Musique, Elle a des ailes.

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