しげぞう

ファンタジーは好きなのですがあまり読んでいません。。

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声なき者の湖《うみ》

1、  小舟に乗っているのは、全部で四人だった。  長細い舟に前から、旅装束の戦士タルス、西岸に里帰りするという若い女、行商人らしい上背のある浅黒い肌の男、それに小男の船頭だ。少なくとも、朝まだき、ザルルイの波止場で乗り込んだ面々がこの四人だったのは、間違いない。  というのも、出発から半日経ったいま小舟は、白い闇と見紛う、微細な水の粒の只中を進んでいるからだった。行く手も来し方も、視界は白く滲み、舳先のタルスからですら、艫の船頭はぼんやりとした影法師めくのだった。  南方大

    • 黄金遊戯(第三話)最終回

      5、  それは猛禽が狩りをするさまに似ていたと云えよう。上空よりさらに三体の烏人が飛来したのだった。  烏人は、滑空の速度そのままに王子だった化物に激突した。蹴散らされた二体は、追突の勢いで壇の下にまで飛ばされ、逃げ遅れた会衆が落ちてきた化物に押し潰された。化物は頑強で、その闘志は衰えていなかった。幾人かが伸びきたった脚の吸盤に捉えられ、それらの者は惨たらしくも大腮の犠牲になった。咆哮を挙げた化物を、烏人が追撃した。  日神子のみが、初撃を躱していた。飛退って次の攻撃に身構え

      • 黄金遊戯(第二話)

        3、  ウウウウウウン……と唸りをあげる異音にタルスの弁舌が阻まれたのはそのときである。それは上方からもたらされた羽ばたきであった。耳にするなりティリケびとは皆、頭を下げて額を広場に擦りつけた。そこかしこで、意気地のない啼泣がわき上がった。  叫喚の渦の中、石畳の壇上に三つの影がゆっくりと降り立った。タルスの真正面である。  黄金の長衣に黄金の仮面を着けているのは、紛れもないティリケの至尊・日神子であった。  黄金の甲冑に黄金の剣を掲げた偉丈夫は、王太子と弟王子であったが、王

        • 黄金遊戯(第一話)

          (*本作では、これまでのタルスの冒険譚「約束の日」及び「アルカニルの鏡」の結末に触れています。ご了承ください。)   1、  東西に山脈を切り裂いた巨大な峡谷の全域が、王国の版図だった。北側は眼も眩むような切り立った絶壁、南側の崖は擂鉢状に無数の段が連なって谷底に落ち込んでいる。  その谷底に造られた王宮前の謁見広場では、今しも親裁が下されようとしていた。南大陸の脊梁山脈中にある神政国家ティリケでは、祭祀長にして国王、日神子の称号を持つ者の裁断は、如何なる場所で行われたとして

        声なき者の湖《うみ》

          橋の上にて(三)最終回

          5、  タルスは己れの迂闊さに、歯噛みする思いだった。弩砲に気を取られ、敵の接近を許してしまうとは、常ならば考えられない失態である。  彼奴らが、橋の民のどちら側なのか、見た目では判断できない。或いは、危険を感じた〈浮遊体〉が刺客を遣わせた可能性すらある。が、何であれ、すべきは同じ、弩砲に近づかせないこと、一点である。  雄叫びを上げながらタルスは、助走をつけて躍り上がった。行く手には、五人。長剣を握る三人と短槍が二人だ。  怪鳥のように舞い降りながら、槍を持った先頭の兵士に

          橋の上にて(三)最終回

          橋の上にて(二)

          3、 「あそこ……で、俺たちは……どうなって……しまっ……た……」  喋りながら呂律が回らなくなっていることに、タルス自身は気づいていなかった。そして、己れのうちに芽生えた奇妙な心持ちに戸惑っていた。それは、なぜ俺は目の前のドレリス女を殺さないのだ、という自問であった。グラッダがドレリス人であることは百も承知、疑いようもない事実であるのに。その思いは、強烈な感情の奔流となって、タルス本来の意識を押し流そうとしていた。感情の名は、憎悪である。  この世界で初めて意識を取り戻した

          橋の上にて(二)

          橋の上にて(一)

          1、  そして気がつくとタルスは、凍てついた払暁の、石造りの街並を行軍する隊伍に紛れ、丸く摩耗した石畳を踏みしだいているのだった。戦闘は日の出とともに始まり、日没まで続く。街路を埋め尽くす軍卒どもは猛り狂って、身を切るような寒気の中、吐き出す息は煮え滾る噴泉のようだった。脛当や、鎧の小札や、槍の石突が刻む一糸乱れぬ律動は、戦場に赴く戦士たちの心音と重なり、兵たちを、いっそう鼓舞するのであった。  タルスもまた、鉄兜を目深に被り、円楯を携え、短槍を握り締めていた。ヴェンダーヤの

          橋の上にて(一)

          剣の魔(後編)

          3、  咄嗟に出来た動きは、回避だけだった。熾火を蹴散らしながら送られてきた斬撃を、タルスは横に跳び、辛うじて躱した。  追い縋るレセトの追撃にも、油断のならない鋭さが込められていたが、タルスは地面に転がり、これも避けることに成功した。移動によって得た位置取りは、丁度、出口側であり、タルスは警戒しながらも、ジリジリと後ずさった。  この攻撃によってタルスは、レセトが何者かに操られているのだと確信した。本来のレセトは、ずっと仮借ない戦運びをする。相手に退路を許すなどという不覚を

          剣の魔(後編)

          剣の魔(前編)

          1、  歴戦の兵にして、泣く子も黙る傭兵団の副隊長レセトであっても、不覚をとることはあるものだ。とりわけ、この気のいい黒人戦士の唯一の弱点を衝かれたとあっては、宜なるかなである。すなわち女だ。  とばっちりなのは、折悪しく同伴していた放浪の戦士タルスである。いかに友誼を結ぶ間柄とはいえ、色香にあてられた後始末にまで殉じる謂れはない。しかし、今となっては一蓮托生。同心協力しなければ窮地を乗り切るのは難しい。彼らの臭跡を辿る猛犬と、その後ろから迫り来る、白刃を閃かせた追手に付きま

          剣の魔(前編)

          アルカニルの鏡(3)最終回

          7、 「妃殿下、お加減はもうーー?」 「レイナアル妃殿下! 御身に大事はございませなんだか?」 「レンサは……父王様は……一体、何を考えておられるのか!」  王妃への気遣いと、聞いている病状との齟齬と、耳にしたばかりの窮状とで、一同の口吻は錯綜した。  しかし、口々に詰めよらんとした面々は、逆にレイナアル妃の視線に居竦められ、口を噤むことになった。それは到底、衰弱した病身の眼光ではあり得なかった。然りとて、元来の、快活な生命力に溢れたそれとも異なる。熱っぽく潤んだ双眸は、まる

          アルカニルの鏡(3)最終回

          アルカニルの鏡(2)

          4、  よもやナート卿の気迫の籠った唱歌に反応したのではあるまいが、首なし女のゆるゆるとした接近は急に速度を増し、突撃となった。彎刀は唸りをあげて縦に卿の頭を襲い、鉤爪は横に胴を狙った。卿はいずれかを躰に受ける覚悟で、捨て身の迎撃体勢に入った。  しかし、攻撃が卿に届くことはなかった。到達するより前に、黒い颶風めいた影が、女を見舞ったのだった。  それは、戦士姿の男の体当たりで、その恐るべき突進力ゆえ、何の身構えもなく側面に喰らった女は、四頭立て戦車に追突された歩兵のように、

          アルカニルの鏡(2)

          アルカニルの鏡(1)

          1、  南大陸の南西に版図を広げるゴルゴス王国で、いま、何にもまして必要なのは、〈鏡〉であった。  〈アルカニルの鏡〉を入手すべし、という若きムラーブ王の命は、王権を守護する円卓会議で下されたものではなく、王自身の豪奢な私室において、近習のナート卿に直接かつ秘密裏に指示された。王の乳兄弟でもあるナート卿は、我知らず息を飲んだ。  それはつまり、ナート卿が、かの廃都クセノスに赴かねばならない、と云うことを意味していた。  当世の京師ザレッポスより、内陸部に東進すること三日、かつ

          アルカニルの鏡(1)

          魔道士の狂宴(3)最終回

          7、  半日は歩き回ったろうか。街路から街路へ、層楼から層楼へと踏み歩き、二人は〈核〉を探し求めた。しかし、そもそも、それがどんな姿をしているのすら二人は知らないのだ。二人は、ただひたすら、それらしき物を求めて、徒に時間を浪費することしか出来なかった。  メルバの弁によれば、〈核〉は、内と外の同時に存在するらしく、この点が僅かな手掛かりだった。例えば、ある剣を〈核〉としたならば、その亜空間を内包した剣は当然、従者の手許にある。しかし同時に、亜空間の中にも、その剣は顕現している

          魔道士の狂宴(3)最終回

          魔道士の狂宴(2)

          4、  宰相殿が無事に亡命を果たしたという報せは、タルスがザザ国で傭兵団と合流したときに聞かされた。ドレラスとの対決から三日後のことで、タルスは、いつもなら酒や遊興に浪費してしまうであろう仕事の報酬に手をつけかねていた。銀貨は革袋に仕舞い込まれたままだった。傭兵部隊の副隊長レセトには、吝嗇吝嗇しやがって、と笑われたが、タルスはへらへらと笑い返してかわすのだった。  それは、あの日、ドレラスが告げた、〈トウヴィク〉という詞に関わっていた。複数人に確かめたが、やはり〈トウヴィク〉

          魔道士の狂宴(2)

          魔道士の狂宴(1)

          1、  放浪の戦士タルスはかつて、不本意ながら〈赫い剣〉の所持者として一時期を過ごしたが、その経験をもってしても、どうにも魔術や超自然の事物に対する胡乱な、或いは、厭わしい感情を拭い去ることは出来なかった。寧ろ、今この時のように、傍らの男に頼らねばならぬ状況にあってこそ、嫌悪感はいや増すのであった。  鉄灰色の髪を持つその男は、〈六本指のメルバ〉と呼ばれる、お尋ね者の魔法使いで、元はといえばタルスと同じ北大陸の出である。名高い師の下で修行し、さる王国の宮廷魔道士に推挽されたが

          魔道士の狂宴(1)

          海神の末裔(三)最終回

           7、  月は完全に昇りきって、妖しいような銀光で島を染め上げていた。進軍した敵本隊は、〈王宮〉に到達しようとしていた。  夜風がまた強くなってきた。  タルスは火口箱から燧石を取り出して、次の一手のために先回りした。  〈王宮〉の内と外には、予め数箇所、粗朶《そだ》や枯れ草を纏めて火点を作ってあった。とはいえ、配置は勘頼みだし、また、島は湿気が多く、都合よく点いてくれるのかも判らない。相手方が逃げられずに煙りに巻かれるよう、出来るだけ引き付けねばならないが、然りとて、着火に

          海神の末裔(三)最終回